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第八話 あーん。

 崩れる廃屋が、偉くゆっくりに見えるほどの速さでお嬢様を抱きかかえる。


 しかし、流石の化物騎士も咄嗟とっさに僕らを短槍たんそうで貫こうと迫っていた。


 が。


 お嬢様が飛ばした火のついた煙草が騎士の目元に当たり一瞬だけひるみ、短槍たんそうれて僕の肩口をかすめる。


 その隙を存分に使って、崩れゆく廃屋から飛び出してお嬢様に少しも衝撃が行かないように受身で転がり着地し。


 ほぼ同時に凄まじい音を立てて、廃屋は崩れ落ちた。


「おけ、ゴヘォ……ッ、お怪我は、ござっ、ございません、か……っ⁉」


 血反吐ちへどを吐きながら僕はお嬢様の身を案じる。


「……いや誰が何を言ってるのよ。辛いだろうけどもう少し辛抱なさい、逃げるわよ」


 お嬢様は僕に肩を貸しながらそう言って、僕を引きずるように歩き出す。


「あり物で適当に作っておいた爆弾だったけど結構な威力だったわね……、想像以上だった」


 瓦礫がれきの山を横目にお嬢様は呟く。


 て、適当に爆弾って作れるものなのか……? さっきのハッタリも、なまじ全てがハッタリというわけでもないのかもしれない……。


 まあとにかく。


 情けないが、助かった。

 一人じゃまともに歩けそうもない。


 あの惨状じゃあ流石の化物騎士も、潰されて死んだろう。


 僕の合気道じゃああの化物をつには至らなかっただろう。そもそも誰かを殺す為の技術じゃない。


 お嬢様を護るはずが、お嬢様に守られてしまった……、情けないけど悪くはない。

 あの騎士は殺すしか止める方法はなかった、流石お嬢様だ……。


 とにかく追手はもういない、さらに人が集まって来る前にゆっくり逃げれば――。


「…………がぁぁぁあああああああああぁぁあ――――ッッ‼」


 さっきの爆発により廃屋ではなく瓦礫の山へと姿を変えた場所から、瓦礫を弾き飛ばし、雄叫びを上げ。


 血だらけの化物騎士ディーン・プラティナが現れた。


 ゾッとする。

 ああこいつは本物の化物だ。


 血だらけの顔をこちらに向け、見開いた目から炎が漏れる。


 嘘だろ……、こいつまだやる気――。


「大丈夫よノワール…………、彼、気を失っているわ……焦ったわね、早く逃げましょう」


 お嬢様は緊張が走る僕にそうささやく。


 本当だ。

 流石にこれで動くのは生物としておかしい。少なくとももう人間ではないのだが。


 僕らはこうして、最悪の追手から逃げおおせたのだった。


 後日。


「はい、ノワール。あ――――ん」


 お嬢様はスプーンですくったシチューをそう言いながら僕の口へと運ぶ。


「いやあのジュリエッタさ……………………、あ、あーん」


 口答えしようとすると、お嬢様は目から凄まじい圧力を発するので根負けし、その通りに従って口を開ける。


 あの後なんとか新拠点に辿り着いた僕らは、お嬢様から応急処置を受けて裏町に住み着くモグリの医者に施術され回復にむけて絶賛療養中である。


 そしてお嬢様に看護されている。


 利き手を潰されたのが不便でならない……。


 あばらも砕けているし、脇腹もかなりったので傷口が塞がるまではまともに動けないのでお嬢様に世話を掛けっぱなしだ。


 まあ、あの最速の化物騎士ディーン・プラティナから生きて逃げられただけでも重畳ちょうじょうか。


 後は騎士の短槍をけた際に切られた髪をお嬢様が整えて下さるとのことで、お任せしたら片側だけ刈り上げられて脱色され黒髪から金髪にされた。


「金髪アシメかっこいいじゃない! 似合うわよ!」


 と、お嬢様がお喜びになられるので、このアバンギャルドな髪型も受け入れることにした。


 変装目的なのでこのくらいがらっと変えてしまった方が良いのかもしれない。


 ちなみにお嬢様は背中の真ん中まであった髪を肩くらいまでばっさり切って、淡い茶髪を黒に染めていた。


「あっ、そうそう金策の目処が立ったわよ」


 僕の口へシチューを運びながらお嬢様は思い出したように語り出す。


 おお、それはありがたい。

 モグリの医者に治療費を踏んだくられたおかげで、貯えはかなり減ってしまった。



「ブグゴッ⁉」


 お嬢様の衝撃的な金策方法に、シチューを吹き出しそうになったのを無理やり口を塞いで封印する。


 き、き……貴族家を乗っ取る? ええ……?


 まあ既に、これ以上なく僕らは犯罪者で逃亡犯なのだから悪の道を進むしかないのだけれども。


「まあ知識を売って恩を売って、貴族に身分と生活を保証させる。こないだの爆弾みたいな簡単なものなら私でも作れるしね。私としては美味しいパンの焼き方を売れた方が楽で良いのだけれど」


 むせる僕をよそに淡々とお嬢様は続く。


 あの爆弾か……、まあ貴族家に乗り込んで大暴れして制圧するみたいな話よりはマシか。マシだよな?


「あと多分私以外に異世界転生者がいるから、その人物を見つけ出したいわね」


 さらにさらりと、お嬢様は衝撃発言を続ける。


 異世界転生者が他にも……? 百年以上異世界転生者は現れていなかったというのに……。


「あの騎士ディーン・プラティナは、私が異世界転生者である可能性を探るために単独で動いていた。そんな薄い可能性を何も無く追うほど暇だとも思えない。多分あの騎士は他の異世界転生者を知っていた、だから廃屋で彼は隙を見せた」


 僕の頭に浮かぶ疑問符に答えるようにお嬢様は語る。


「ここ数日で知ったんだけどこの国には異世界転生者保護法って法律があるみたいなのよね。確かに国家的な影響力を考えたら、騎士が動くというのは納得できるけど厄介だわ」


 ため息混じりにそう言って。


「私の知識の価値が下がるのが、嫌なのよね」


 ゾッとする一言を漏らす。


 もうかつての、清廉潔白で品行方正なお嬢様はいない。


 ディアマンテ伯爵邸と共に、燃えて崩れた。


 壊れてしまった僕らは、この奇跡にすがるしかない。


 この後、貴族家を乗っ取り財と生活拠点を手にして、他の異世界転生者を探すためにかつてお嬢様が通っていた学園に潜り込んだり。

 異世界転生者を見つけるも化物騎士ディーン・プラティナ付きだったり。


 まあマジに色々とあるんだけど。

 そんなこと、知ったこっちゃあない。


 僕はただ、お嬢様が再び立ち上がったことが嬉しい。


 それが例え、いや事実として。

 悪役令嬢として立ち上がったのだとしても。

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