まあ勉学に精を出してもらいつつ時間稼ぎくらいにはなればと思うけど……。
多分マリアンヌ様はマジで順位一桁を狙いに行くし、次か次の次の試験では結果を出すだろう。
そもそも、マリアンヌ様は元々かなり成績が良い。
読書家で熱が入りやすく様々なものにとことんハマってきたので歴史関連や宗教学や語学、音楽やダンスなどの美術的教養や基礎運動などの成績は中等部の時点で一度も上位一割を下回ったことがない。
それ以外の理数系科目や裁縫などにおいても真ん中より下にはなったことがない。
苦手教科強化月間となるのなら、悪くない。
悪役令嬢様様と言える。
そこからは二人で悪役令嬢っぽい扇を選んだり、悪役令嬢っぽい話し方や高笑いを練習したり、悪役令嬢のなんたるかみたいな話をしたり。
そんなごっこ遊び挟みつつ、マリアンヌ様は熱意を集中力に変換して勉学に
数ヶ月後、中間試験の結果発表。
「まあ、当然ね」
マリアンヌ様は、したり顔で俺に成績表を見せる。
「…………流石です。マリアンヌ様……」
俺は手渡された成績表を見て呟く。
学年総合順位、
それがマリアンヌ様の中間試験の結果だった。
いやぁ……思った以上に凄まじい結果だ。
元々得意だった科目についてはほぼ一位、低くても三位以内。苦手だった理数系科目や裁縫に関しても上位五位以内だ……。
お熱が試験対策などに繋がると、ここまで結果を出せるのか。
まあこれが継続的に出せるかどうかはまた別の話だろうけど。
少なくとも苦手教科への苦手意識はなくなっただろうし。
高等部一学年目の前期、つまり基礎段階でこの理解度があるのなら今後の学習にもかなり有用だろう。
へえ……、本当に凄いな。
基礎科学なんて一問しか間違えてない。これはまた科学技術的な方向に
「そんなことよりダン、悪役令嬢デビュウの
買ったばかりの扇を広げ、口元を隠しながら不穏な空気を出してそう言った。
ひょ、標的……。
まあそもそもマリアンヌ様が勉学に
でも、そんな不正を持って権威を振るう、愚かな貴族子息令嬢なんてそうそういるものなのか……?
「高等部一年、ジュリア・モーフィング子爵令嬢。今回の試験で唯一、基礎科学で満点を叩き出した生徒――」
マリアンヌ様はそこから、そのジュリア・モーフィング子爵令嬢についての不審点を語り始めた。
今回の基礎科学は、それほど難しい内容ではなくて平均点も高かったらしい。
だが、一問だけ明らかに学習範囲を超えた問題があったそうだ。
まあ予習をしているかの確認のために教員がそういった作問をすることは、ままある。
しかして今回の難問は、単純に習ってないだけではなく作問の設定ミスで数値を導き出す為に膨大な計算量が必要だった。
用いられる公式もまだ数学の授業では習っていない、数学の予習も必要な内容だった。
それを含めた全て問題を、唯一正解したのがジュリア・モーフィング子爵令嬢だった。
「……マリアンヌ様も答えられなかった問題をそのジュリア嬢が正解したというだけで、不正を疑うのは――」
「違うわよ。私はその問題解けたましたのよ。ただとても時間がかかったし半ば勘みたいなかたちで数値を当てはめて計算をして、たまたま当たったに過ぎないのですの。検算も行えなかったし、他の問題を見直せる時間も残らなかったからケアレスミスを見落として、一問落としただけですの」
問題用紙を広げて、その難問を閉じた扇でとんとんと叩きながら俺の疑問に被せるように説明をする。
「だから別にあの問題は常日頃から予習をしっかりと行っていて複雑な計算に慣れた者であれば、確かに難問でしたが私よりもあっさりと解くことが出来たでしょうから解ける者がいること自体は疑いの要素にしていませんのよ」
問題用紙の端に書かれた試算のメモをなぞりながら淡々とそう続け。
「
やや低い声で、マリアンヌ様はそう言って今度は中間試験の教科別順位表の写しを広げた。
「これが各教科の点数順位、各教科上位二十名は名前が貼り出されますのよ。この中にジュリア・モーフィングの名前は基礎科学の欄以外にありませんの」
広げられた順位表をなぞりながら説明を続ける。
「これだけの計算量と数学的な予習も必要な難問を答えられるのにも関わらず数学で二十位以内に入れないのは……、おかしいですわよねぇ」
にやりと笑って、マリアンヌ様は口元で扇を広げる。
……確かに。
この難問が答えられるのであれば、数学の点数もかなり高くないとおかしい。
基礎科学と数学の点数、どちらも高いのであれば全く問題はないが……。
もちろん、数学の試験の時に体調を崩していたりして本調子ではなかったとか、単純に数学の試験から基礎科学の試験までに一夜漬けで対策したのがハマったとか、色々とこうなる可能性なども全然考えられるのだけれど。
しかし。
基礎科学の解答だけを
「ちなみに試験の日程は数学と基礎科学は同日で数学が先だったから試験日程中に突然数学が得意になったこともなければ、体調不良で結果が出なかったことも有り得ない」
俺の頭の中に浮かんだであろう可能性を、マリアンヌ様は否定しつつさらに続ける。
「私はかなり気になって、とりあえずジュリア・モーフィングの他の教科の点数を確認する為に『親戚の子が両親に虚偽の結果を報告していないか確認を頼まれた』と教員の方に言って、各教科の順位と点数だけを確認させてもらいましたの」
さらに、さらりと不穏なことを漏らす。
おいおい流石に動きすぎだろう……、中間試験の期間中は不正防止のために従者の立ち入りは禁止されているので俺が抑止できないんだよなぁ……。
しかもやり口が小賢しすぎる……。
貴族令嬢の親戚の親はもれなく貴族だ、断れんし変な詮索もできないだろう。ありそうなラインの嘘を……、悪役令嬢的といえばそうなのかもしれないが……。
「ジュリア・モーフィングの基礎科学以外の点数はそれほど高くありませんでしたの。ほとんどの順位が真ん中くらい。決して悪くはないのだけれど基礎科学の難問を解いたとするのなら、相対的に数学の点数が低過ぎる。あの問題を解けて、今回の数学の問題が解けないはずがない」
マリアンヌ様は力の
…………確かに、そう言われたらそうとしか思えなくなってきてしまう……けど……。
「それと、私はジュリア・モーフィングって名前に中等部までで聞き覚えがないのですわ。確かに私は全生徒の名前を把握出来ているわけじゃあないけれど、これだけ何かに尖った知識を持っていたら流石に噂になるでしょう。そういった不自然さもございますが……」
マリアンヌ様は淡々と語り、扇を一度閉じる。
あ、これしたり顔で何かを言うぞ。
多分言ったところで扇を開く、間違いない。
「まあ、
想像以上のこれ以上ないしたり顔で、扇を勢いよく広げてそう言った。
勘。
勘かぁ……。
旦那様、アダムスキー男爵は悪事に対する嗅覚が鋭い。
異常なほどに、凄まじい精度で旦那様の勘は当たる。
その娘であるマリアンヌ様も、それを受け継いでいてもおかしくはない。
正直、話の筋は通っている。
そして、アダムスキーの人間が勘を働かせたのなら……。
「マリアンヌ様、お話はわかりました。ですがまずはこの私、執事ダン・ホワイトがそのジュリア・モーフィング子爵令嬢の調査を行いましょう。情報はあるだけ良いものですから」
俺は眼鏡を持ち上げながら、不穏な雰囲気でそう言った。
そこから、俺はジュリア・モーフィング子爵令嬢について調べた。
まあ、これ以上マリアンヌ様が直接動くとトラブルになりかねない。
だからとりあえず、俺がそれっぽく動いてマリアンヌ様を満足させつつ次の何かにお熱になってくれるのを待つしかないのだ。
その為にも、しっかりと情報は集めなくてはならない。
別に俺が
そんなこんなで、軽く調べ始めたが……、マリアンヌ様の勘は
きな臭すぎる、怪しいことしか出てこない。