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第三話 ジュリア・モーフィング子爵令嬢。

 まずジュリア・モーフィング子爵令嬢は、小等部からだったらしい。


 この学園では貴族の子息令嬢に限り、通いが難しく寮での暮らしも難しい場合には学園で使われる教科書と課題を用いて自宅での学習が認められているとのこと。


 ジュリア嬢は幼少の頃から身体が弱く通学も寮生活も難しかった。

 だがモーフィング子爵家としては学園を卒業した淑女にしたいという思いと、娘に少しでもみんなと同じ勉強をさせてやりたいという思いから自宅学習生徒として入学をさせた。


 自宅学習は授業に沿った課題を別途で作成したり定期的に教員が自宅まで面談など行ったりとかなり手厚く学ぶことが出来る反面、通常のカリキュラムと違った対応になる為に


 しかも、まあまあな額を納めていないとならない。


 まあ、特別扱いというか優遇措置ではある。

 なので本来は上級貴族の子息令嬢が、病気や怪我などで通学が行えなくなった際に一時的に使われる制度なはずなのだが。


 入学から中等部までの長きに渡る期間を優遇され続けるというのは、モーフィング子爵の娘への深い愛情と裕福さがうかがえる。


 と、思ったがそうでもないらしい。

 いや娘への愛情の深さはその通りなのだろうが、というのはどうにも違ったようだ。 


 そもそもモーフィング子爵家には、娘の卒業まで自宅学習を続けていけるほどの資産はなかった。


 それらを稼ぐ為に色々と事業に手を出していたらしい。

 そしてついにモーフィング子爵家は、数年前に他の貴族と共同出資で国内最大級の裁縫工場の運営を始めた。


 しかし、共同出資をしていた別の貴族がどうにも犯罪に手を染めて捕まり没落した。なんか噂によるとランドール伯爵家回りの貴族とからしいが……まあこの辺を調べるのは一旦後回しにしよう。


 それにより裁縫工場の運営はモーフィング子爵家が単独で請け負うことになり、資金や人員の調達に難航してかなり危機的な状態にあったらしい。


 娘の医療費、自宅学習の為の寄付、裁縫工場の負債。


 かなり火の車だったよう

 そう、


 ここ数ヶ月で


 裁縫工場の債務整理が終わり見事に上方修正。

 裁縫機械の開発と製造利用権利販売。

 平民の就労支援により国からの助成金獲得。

 それ以外の事業も整理されかなりの黒字が見込めるらしい。


 さらに病床に伏せていたジュリア・モーフィングは回復し、元気に登校している。


 きな臭すぎる、都合が良すぎる。

 気味が悪いほどの好転具合だ。 

 そして、不自然な基礎科学満点。


 ジュリア・モーフィングには何かある。


 まあ何もない人間なんかいやしないのだが、もっとやばい多分俺の想像力じゃあ辿り着けない何かだ。


 正直ここらで引くべきだ。

 アダムスキーの血統による勘を持ち合わせていない俺でも、これがやばいということは十二分にわかる。


 だが、こんな半端な状態でマリアンヌ様に報告したら必ずもっと踏み込んでしまう。

 虚偽報告が出来れば良いのだが、俺の嘘はマリアンヌ様には通じない。


 俺はごっこ遊びのおかげで嘘をつくというか演じるのがまあまあ得意だとは思うが、同じだけ俺とごっこ遊びをしているのもマリアンヌ様なのだ。


 俺が演じているのかどうかを誰より見極められるし、例え騙せたとしても勘が鋭すぎる。

 つまり俺は事の真相まで調べあげ、マリアンヌ様が付け入る隙をなくし、ご自身で踏み込まないというご決断をしてもらうしかないのだ。


 そんなこんなで俺は現在、本丸であるところのジュリア・モーフィングを学園内にて尾行している。


 背丈は平均的。

 髪は黒、肩くらいまでの長さ。

 積極的な社交性は見られないが、節々に貴族令嬢としての品がある。

 孤立しているわけでもないが何かグループに属している気配もない。


 もっと華美かびで派手なイメージをしていたが落ち着いているというか、とてもニュートラルな女生徒だ。やや地味なくらいだとも思う。


 


 モーフィング家の状況を知ってから見ると、不自然な程に普通過ぎる。

 まるで自身を普通に見えるように矯正しているような、不気味な程の不自然さだ。


 そのわりに常に一緒に居る執事は、華美かびというかエキセントリックな見た目をしている。


 執事の名前はクロノ・オズワルド。

 

 常時サングラスを着用しているという奇抜な風体だ。


 しかして執事としての振る舞いはかなり洗練されている。

 この場合、不自然なのは見た目だけだ。


 なんというか、ジュリア・モーフィングが節々に見せる品の良さを執事の奇抜さが消しているというか……、隠している?

 執事の奇抜さに目が行くようにしているのか?


 正直、これらは難癖にしかならないような違和感だ。


 ジュリア・モーフィングは一見して何か問題があるような生徒には見えない。

 執事は奇抜な容姿ではあるが、主から許可されているのなら問題はないし主の趣味性の可能性も高い。俺の眼鏡みたいに。


 でも、もうこの二人は怪しくない方が怪しいのだ。


 まあとりあえず、中間試験で不正があったかどうかを押さえる。

 その上で、どれだけやばい奴かを測る。


 尾行を続けていると、二人は人気のない方に溶けるように進んでいく。


 辿り着いたのは校舎裏。


 こんなところがあったのか……、凄い死角だな。

 なんというか、悪役令嬢脳で言うなら……悪巧わるだくみがはかどりそうな場所だと思った。

 今度マリアンヌ様とこういう場所探そう。


 なんて考えながら隠れて様子を伺う。


、煙草」


「はい、


 ジュリア・モーフィングはハンカチを敷いた段差に腰掛け、執事に手をひらひらとしながら言うと執事は胸ポケットから煙草を差し出してくわえたところに火をつける。


 た、煙草……っ!


 なんて悪いアイテムだ……、扇なんて目じゃない。

 別に法律には違反していないが学園内は禁煙だったはず……、こんな悪そうな場所に隠れて学園規則違反……。

 予想外の不正行為を目の当たりにしてしまった。


 それと、ノワールってのは愛称か何かか?

 クロ・オズドでノワール……まあギリわからなくもない……のか?


 ジュリエッタってのはジュリエッタが本名でジュリアが略称ということか?

 別に略称をそのまま正式な名前として通すこともないわけじゃあないとは思うけど……。


 なんだろう、違和感があるな。


「学園に潜り込んで早々にが見つかったのは良かったけど、簡単には近づけないわね。まあ想定通りなのだけれども」


 煙草をくゆらせながらジュリア嬢、もといジュリエッタ様とやらは堂々と不穏なことを口走る。


「エリィ・パールには常にレイナ・ローグと共にあり、レイナ・ローグにはもれなくあの化物騎士執事が付いてきますから……」


 執事クロノ、もといノワールとやらはそう返す。


「まだ動くタイミングじゃあないからエリィ・パールの方はいいわよ。まずはモーフィング家の事業を軌道にのせつつ、ジュリア・モーフィングとしての暮らしを安定させるのが優先よ。ジュリアに勉強も教えなくちゃならないし、約束通り出来る限りの医療支援もしなくちゃだしね。まあ多分あれ治る病だし。最優先事項は、


 口から柔らかく煙を吐き出しながら、ジュリエッタ様とやらはそんなことを述べる。


「幸いレイナ・ローグとは学年が違うことであの化物騎士執事と会う機会が少ないことと、姿を変えたことが効果的でした。流石ジュリエッタ様です」


 ノワールとやらは灰皿を差し出しながら返す。


「まあ一旦モーフィング家の事業経由で味方を作る時間さえ稼げればいいのだけれどもね。法曹界の重鎮で騎士を身内に置くローグ侯爵家と正攻法でやり合うのは無理だし、あの騎士執事を無力化するにはあからさまな弱点であるレイナ・ローグへ適当に冤罪ふっかけて落とせばいいんだけど、弁護にしても立証にしてもローグ侯爵家は強すぎる。だからまずはローグ侯爵家自体を……落とすまではいかないにしても弱らせるくらいはしておきたいわよね」


 ジュリエッタ様とやらは灰皿に煙草の灰を落としながら、淡々と答える。 


 待て待て、待てよ。待ってくれ。

 一旦落ち着いて今の会話を整理しよう。

 慌てふためくのはその後だ。


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