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第四話 正真正銘完全に本物の悪役令嬢。

 まずこの二人はジュリア・モーフィングとクロノ・オズワルドではない。


 女生徒がジュリエッタ・ディアマンテ。

 執事がクロガネ・ノワール。

 という名前らしい。


 どうにも、このジュリエッタ・ディアマンテとやらが、ジュリア・モーフィングにということらしい。


 元々ジュリア・モーフィングは自宅学習で、その顔を知る者が少ないことを利用しているのだろう。


 さらにここ最近のモーフィング家の急激な復活劇は、このジュリエッタ・ディアマンテが起こしたものだ。


 恐らくジュリエッタ・ディアマンテは、自身の知恵や知識など使って事業を黒字転換させたりジュリア・モーフィングの治療方法などを対価にジュリア・モーフィングとして学園に通えるようにした。


 この二人が学園に潜入した理由は、エリィ・パールという生徒に接近すること。


 エリィ・パールという生徒を直接は知らないが、ここ最近悪役令嬢観察ということでマリアンヌ様とレイナ・ローグ嬢を観察していたので良く一緒にいるということなら、あの平民枠の下級生の女生徒がそうなのだろう。


 しきりに出てくる化物騎士執事というのは、レイナ嬢の執事ディーン・プラティナのことだ。


 執事の身でありながら最年少で国家防衛の要である特殊部隊であるところの国家指定正規騎士となった、最速の騎士という異名を持つ。まあ一般知名度は低いんだろうけど界隈では有名人だ。


 その騎士を警戒して、レイナ嬢というかローグ侯爵家に何かをして貶めようと考えているようだ。


 つまり、この二人は。


 既に騎士団と一悶着起こした上で。

 落ち目のモーフィング家を使い。

 ジュリア・モーフィングを乗っ取り。

 エリィ・パールに何かしらの接触を図るため。

 学園に潜入して機会を伺い。

 邪魔な騎士を排除すべく。

 ローグ侯爵家を落とす計画を練っている。


 と。


 え、ええぇぇ……。


 完全に俺のキャパを超えている。

 中間試験や学園内での喫煙とか、そんな不正どころの話じゃあない。


 具体的な罪状はなんなのか俺の知識じゃあわからないけど、これはもう犯罪者じゃないのか……?


 とにかく、こいつは。

 正真正銘完全に本物の悪役令嬢だ。


 なんかよくわからん大きな規模の何かが動いている。

 やっべえぇ……、変なもんに首を突っ込みかけていた。


 早急にマリアンヌ様へ報告して、これ以上は関わらないように説得しよう。ごっこ遊びはおしまいだ。


 しかしギリギリで引き返せて良かった……。


「それと、恐らくこの世界の流れを根本的に改変しようとしている――――」


 と、ジュリエッタ様とやらがなにやら聞いたら不味そうな厄介な話を始めたので身を隠したまま立ち去ろうとした。


 その時。


「っ、誰だ!」


 俺の微かな衣擦きぬずれの音に反応して、ノワールとやらが威圧的にこちらへ問う。


 見つかったぁあああああ。


 ダッシュで逃げるか? いや、相手は騎士団とやり合うような輩だ。

 多分荒事に慣れているだろし逃がしゃあしないだろう。


「今すぐに出てきてくださるかしら? それ以外の選択肢を全てうちの執事が潰してしまう前に」


 ジュリエッタ様とやらは煙草の火を消しながら俺にうながした。


 全身から汗が噴き出す。

 恐ろしすぎる。


 落ち着け、実際その通りだ。

 俺には逃げるという選択肢も戦うという選択肢もない。

 とりあえず出るのは確定だ。


 そこからどうするかだ。

 謝ったら見逃してくれるのか? ……いや、こんな濃い悪役令嬢がただで見逃してくれるわけがない。


 最悪の場合、マリアンヌ様にも危害が及ぶ可能性がある。


 そうなったら旦那様が………………。

 そうかこれが最悪の結末だ。本当に誰一人得をしない、最悪だ。


 最悪の結末を予想して、寒気によって頭が冷えて混乱したまま冷静になる。


 やるしかない、ここは押し通す。


「……くっ、ふふっ、ハハ、あぁーっはっはっはっはっは! くふふ……、ハハっ、いやすまない。まさか見つかってしまうとはね、侮っていたよ」


 俺は悪者執事感全開の高笑いをしながら、二人の本物の前に姿を現す。


「私の名はダン・ホワイト。アダムスキー男爵家の執事でございます。どうぞ……よしなに」


 俺は眼鏡を外してケースに仕舞いながら名乗り、軽く頭を下げる。


 ちなみに眼鏡を外したのは殴られたりして壊されたくないからだ。これはマリアンヌ様からいただいた物なので、絶対に壊されたくない。


 さあ、一世一代の大勝負だ。


如何いかがなさいますか?」


 ノワールとやらが、半身はんみに構えてこちらを注視する。


 うわぁ、やっぱこいつなんか強い人だよ。やめてやめて俺はそういう主を守って戦えるタイプの執事じゃないのよ。


「……おっと、やめておいた方がいい。そこは既に射程距離だよ」


 軽薄そうにそう言って、俺は昔旦那様が見せてくださった構えを真似て構える。


 もちろん俺に戦いの心得などない。護身術も大きな声を出して逃げるくらいの心得しかない。


 さあ、来るなよ……気づいてくれ……、こんな貴族に食い込む悪党ならアダムスキーという名前に聞き覚えがあるだろう。


「アダムスキー…………、アダムスキー? 待ちなさいノワー……」


 ジュリエッタ様とやらは、ノワールとやらを静止しようとするが。


 ノワールとやらは、ぬるりと間合いを一瞬で詰めて構えた俺の腕を掴んで手首をめてはすを取り。


 そのまま腕に体重をかけて倒そうとしてきた。


 あまりの速さに心臓が口から吹き出すんじゃないかと思うくらいに驚いて、俺は無様に飛び上がってしまう。


 飛び上がった勢いで一回転してしまったが、偶然回ったことにより掴みから抜けられた。


 慌てふためいて近づいて来るノワールとやらの顔付近に手を伸ばしたら、後方宙返りのようにくるりと回って離れていった。


 こっえええぇぇぇ………………。

 何だ今の? 倒そうとしてきたのか? 腕を折ろうとしたのか? 初対面で? いきなり? やばいやばいやばいって、おっかねぇ……。


 しかし悟られるな。、顔には出すな。

 俺はしたり顔で、手で掴まれた腕を払う動作を見せる。


「…………抜けられた? しかも今の目突き……殺気や起こりが微塵みじんも無かった……、サングラスごと目玉を潰す気だったのか? 何者なんだよ……マジに」


 ノワールとやら驚愕しながら、そう呟く。


 そりゃ微塵みじんもないよ、目なんて潰す気なんてないもの俺。


。かつて王家からの密命を受け、不正を働き民を虐げ富を得ていた腐った貴族たちを粛清して回った軍人アダムスキーが、その功績により爵位を得て男爵となった。


 ジュリエッタ様とやら全く動じずに淡々と語る。


 よし、やはり知っていた。

 説明はおおむねその通りだ。


「私は旦那様より、それなりに訓練を受けている。暴力による解決は不毛だと思って頂きたいね」


 俺は不敵な笑みを浮かべて、いけしゃあしゃあと嘘をつく。


 旦那様は俺に、一度たりともそういった武術のようなことを教えてはいない。


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