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第五話 俺はただ。

 その昔旦那様は。


 卓越たくえつしたその技量と正義感と忠誠心から王家より『不正を働く貴族を裁判を通さずに粛清を行う』という密命を受け、たった一人で完遂した。


 まあ軍や騎士団やらの界隈や、一部の上級貴族しか知らないことだが。


 騎士団と一悶着起こすということはこいつらは何か国家的な犯罪に関わっている。

 そんな輩なら、流石にアダムスキーを知っていてしかりだ。


 粛清のアダムスキー男爵家の執事となれば、俺も旦那様より何かしらの訓練を受けていると思うだろう。


 実際は何も教わっちゃあいねえけど。

 倫理観というか道徳心というか、精神的なことは教わっているが、そういう戦う訓練は受けていない。


 旦那様は継承や育成を嫌った。

 こんな役割は自分だけで終りにしたかったそうだ。


「……ノワール、彼がどう見える?」


 ジュリエッタ様とやらは俺に値踏みするような視線を送りながらノワールとやらに問う。


「……構えは形だけで隙だらけ、接触した限りではかなり鍛えてはいますが頑強な筋肉や軸が通った感覚はありませんでした。しかし僕の合気道は素人が抜けられるほど甘くはない。それにあの目突きは気配が完全に殺されていました。親が子供の顔についた汚れを落とすために手を伸ばした時のように、全く反応が出来ませんでした。完全に起こりや気配を意図的に消せて、わざと隙を見せて後の先を取るようなことをしているのであれば…………、僕が選ぶことが出来るのなら逃走を選びます」


 半身はんみに構え、俺を警戒したままノワールとやらはそんな講釈こうしゃくれる。


 えええ……、触っただけでそんなに色々わかるの? つーか俺ってそんなに隙だらけなの? なんかもしかしてこいつそのアイキドーってやつの達人なんじゃないか?


 でも、色々バレまくってるわりに重なった偶然がなんか混乱してくれている……、やめろよぉ……もう一回同じことやるだけで俺は死んでしまうぞぉ。


「そう、でも逃げるわけにはいかないわよ。アダムスキー男爵はローグ侯爵の妹の夫、つまりレイナ・ローグの叔父に当たる。彼に話を聞かれた時点で、彼の口の硬さ次第では私たちの行動が破綻することになるでしょう。ねえ、アダムスキーの執事さん?」


 ジュリエッタ様とやらは、俺を見ながら試すように悪い笑みを浮かべて尋ねる。


 うわわわわ……、これが本物の悪役令嬢の笑み……、おっかねぇってぇ……、ちびりそうだ。


 そしてこれもその通り。

 アダムスキー男爵家とローグ侯爵家はかなり近しい親類である。


 奥様はローグ侯爵の妹で、密命を遂行すいこうして肉体的にも精神的にも疲弊しきっていた旦那様を支え結婚に至った。


 つまりレイナ嬢は旦那様と奥様の姪に当たり、マリアンヌ様からすれば従姉妹に当たる。

 こいつらからすれば俺は標的の一味……、アダムスキーも敵視されるってことか?


 いやいやいや、知らねえって……!

 ローグ侯爵家とはまあ……、その、子供の頃はよく遊んだりしてたからこそこそレイナ嬢を観察とかしてもギリ怒られないかなってくらいの面識はあるけども……。


 何も知らねえのよ俺、なんだ? レイナ嬢やディーン氏は何かやったのか?


 頭の中はぐっちゃぐちゃでパニック寸前だ。


 しかし表には出すな、俺は今、なんか強キャラ感が溢れ出している悪者執事わるものしつじだ。


 クールに、ふてぶてしく、したたかをよそおえ。


「くふふ……、あっはっは! ククっ……いや……すまない。話は聞いていたが、あまりにも興味がない。ローグ家のことはディーンの小僧がなんとかするだろう。私が関わるようなことじゃあない」


 ねっとりと、自分でも嫌な話し方だと思うくらい余裕を見せながら俺は語り出す。


 ちなみにディーン氏とはそれほど親しくないし小僧と言うほど歳も離れていない。

 挨拶以上の会話をした記憶もない。

 小柄でいつもどっか怪我してるなぁ騎士団の訓練って大変なんだなぁってくらいの印象しかない。なんかこないだまで入院してたらしいし。


 でも興味がないのは本当だ。というか関わりたくないんだ。マジに。


「私は君たちが何者で何が目的で、これからどうしたいとか全く興味がないしアダムスキー家に害がないのなら別に何をしていようと構わないさ。勝手に悪さをして勝手に捕まればいい」


 やれやれ感を出しながら、やや過剰に手を広げたりなんかして俺は続ける。


 これはわりと本音でしかない。


「あら。じゃあ、そんな取るに足らない私たちをどうして尾行していたのかしら? これでも目立たないようには気をつけていたつもりだったのだけれども」


 ジュリエッタ様とやらはノワールとやらを見ずに、指先を少し動かして煙草を催促さいそくし受け取ってくわえながら俺に訪ねる。


 これも正直に。



 俺は堂々と、答えた。


「…………中間試験……? ああー! ん……? あれ基礎科学って……一番簡単なやつじゃ……別にあれなら誰でも点が取れたんじゃないかしら?」


 ジュリエッタ様とやらは俺の答えが予想外だったようで、眉をひそめて考えながら煙草に火をつけさせつつ返す。


「確かに基礎科学は殆どの問題が授業をまともに受けてきていれば答えられるようなものばかりだったが、一問だけ予習を必要としてさらに作問の設定ミスで学習範囲にない数学の公式となかなかの計算量が要求されるものだった。しかし貴女はそんな難問を正解したのにも関わらず、数学は二十位以内の点数も取れていなかった……不正の匂いを感じないほうがおかしいだろう」


 俺はしたり顔で、マリアンヌ様が気づいたことをまるで自分の手柄のように語る。


 すると。


「ふふ……アッハッハッハッハッ! なるほどねえ、確かにそこは何も考えてなかった。そっか、あれは難しかったのね。学生にアジャストしきれてなかったわね……。あーおかしい……」


 ケタケタと、俺の必死な回答をフリオチの効いたジョークを聞いたかのように笑いながら、いや嘲笑あざわらいながら返す。


 まるで引く気配がない。一応俺が追及する側に回った気がしたんだけど、気の所為だったかもしれない。


「恐らくあなたが想像する不正はないわよ。あらかじめ回答を知っていたり、教員を買収したり恫喝どうかつしたり、教員の家族を人質に取って脅したり、教員を監禁して洗脳したりはしていない」


 煙草の煙を吐きながらジュリエッタ様とやらは続ける。


 いやいやいや、前半二つはまだしも後半は想像してない。ええ……、恐ろしすぎるだろう……。


「それに、そういう不正をするなら全教科で行うわよ。結局、を起こすのなら半端にやるよりまとめて抱え込んだ方が調整もしやすいでしょう」


 柔らかにさとすようにさとくてさかしい話が続く。 


「そもそも私は目立ちたくないから本当は全教科わかろうがわからなかろうが七割八割くらい埋めて平均点に乗るくらいにするつもりだったんだけど、モーフィング家で色々と開発をうながすのに説得力つける為に科学等の成績だけ欲しくて他よりは点数を取ろうとしただけだったの。でもあまりにも簡単すぎて全問埋めるはめになっただけ。そうか……あれはまだ学習範囲外だったのね……授業の進行度ももう少し気を配らないと不自然だったわね」


 あっけらかんと、語り。


「まあ、私はそもそもジュリア・モーフィングですらなく、ここの学生ですらなく、不穏な目的を持って潜入して侯爵家と一悶着起こそうと考える不届き者なわけだけど――」


 悪びれず、薄ら笑いを浮かべ不穏なことを並べ立て。


? 


 やや低く、圧力を強めて、そう言った。


 いーや、怖いわ。

 本当にティーンエイジャーなのか……?


 いやジュリア・モーフィングではないのなら年齢も不詳なのか……、今こいつ自身が語ったようにこいつは不届き者ではあるのだろうが本質的にこいつの正体は不明なままだ。


 だとしても。


「……はあ、どうもする気はないよ。今話してみて、私が想定していた不正はなかったと判断した。自身の努力で手にした結果であればアダムスキー貴族論に反してはいないしね」


 可能な限り、恐怖を抑え込むように正直に俺は語りを返す。


「それに私は別に捜査機関でも軍人でも騎士でもましてや正義の味方でもない。話の真偽を確かめる権限も理由もない。せいぜい明確な不正は学園内での喫煙くらいだが、本質的に誰にも迷惑をかけていないことに目くじらを立てるつもりもない。……言ったろう、君たちが何者かとか興味がないんだよ」


 なるべくヘラヘラと、余裕ぶった態度で本音を続ける。


 正体不明で、気にならないわけじゃないがリスクを持って調べる理由もそこまでするほどの興味もない。


 俺はただ――。


「お嬢様の頑張りが、くっだらねえ不正行為に踏みにじられていないかだけが知りたかっただけだ」


 これ以上ない本音を、心からそのままらす。

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