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第一話 執事クロガネ・ノワール。

「ノワール、来週あたりにお城へ忍び込んで王妃と話すから手伝ってね」


 私の髪をタオルで丁寧にかわかす執事のノワールに、それを告げる。


「はい、かしこまりました。………………えっ、おしろ……? はい………………え?」


 返事をしたノワールは、鏡越しに可愛い顔を見せながら困惑をする。


 ふふ、私は彼の驚いた顔も好きなのよね。


 私、つまりジュリエッタ・ディアマンテはこの物語における悪役令嬢だ。


 ああ、私はこの世界が【ノンプリンス☆ノンプリンセス~何者でもない私たちは恋をする~】って乙女ゲームの世界ってことも知っているのよね。


 私は私が続編とされるトランス版ノンプリⅡにおけるヒロインのライバル位置の悪役令嬢ってやつだってことも知っている。

 まあなんで知ってるのかとかどのくらい知っているかとかは一旦割愛かつあいさせてもらうわね。秘密とか隠し事が好きなの、私。


 そんでまあ、もちろん異世界転生者ってやつでもある。

 あんまりそういうカルチャーに浸かってはないけれど、そんな私が知っている程度に流行った死ななきゃ幸せになれないっていうヤバい設定のやつよね。

 死んだら基本終わりなんだから死後に思いをせるより今を頑張ればいいのに、変な設定。


 家を焼かれて心が折れてしばらくしたくらいで前世の記憶を思い出した。


 前世の私は……まあ、なんだろ。

 知育ブロック玩具がんぐが好きだった人間みたいな。


 凹凸おうとつがピタリとくっついて一つになるのが、好きだった。

 小さなブロックがピタリとくっついてどんどん大きくなって、色んな形を作り上げるのが楽しかった。


 他にもジグソーパズルとかぴったり球体になる知恵の輪パズルとか宮大工みやだいく仕事の建築風景とか本棚に本を並べたりとか開けても閉じてもぴったりハマる引き戸とか刀がさやに納まるところとか無駄なく時計を正確に動かす歯車とかセックスとか。


 欠けた部分にぴったり他のものが合わさって、埋め合って、おぎなって、繋がっていくのが気持ちよくて好きだった。


 そんな前世の私には、世界は不完全でみにくく思えた。


 人やお店、組織や仕組み、需要と供給、土地や権利。

 目に見えるほとんどのものが欠けていて足りていなくて。

 時にはすぐ近くに互いを埋め合える、ぴったりとくっつくものがあるのに触れ合うこともない。


 もったいなくて。

 悲しくて。

 泣きたくて。

 叫び出したくて。

 誰もわかってくれなくて。


 気が狂いそうだった。


 だから片っ端からくっつけた。

 中学くらいの時には接着少女ボンドガールと姉から名付けられた。なんかちょっと上手いこと言ってる感が好きで、私は気に入っていた。


 とにかく。


 くっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけてくっつけて。


 気づいたら死んでいた、それが私の前世。


 まあわざと具体的に語らないで大したことのように語るのは前世の私の癖。ほら秘密や隠し事が好きだから。


 なんて嘘よ。

 実はちょっと語るのが恥ずかしいだけ。


 っていうのが嘘で。

 情報は手札だから匂わせて釣るのがいいからね。


 まあ嘘なんだけど。

 本当はただ私が嘘つきなだけなの。本当よ?


 こんな感じに、今の私はかつての記憶に多大な影響を受けている。

 元々、ジュリエッタ・ディアマンテはこんな性格ではなかった。


 大勢の軍人に押し入られ両親の死や燃え盛る生家によって私の伯爵令嬢としての生活は完全に壊れた。

 人生が終わった。

 私がやりたかったことや成りたかったもの、送りたかった日々も全部焼けて落ちた。


 そんなぐしゃぐしゃに心が砕けて壊れて抜け落ちていびつな形の穴が空いたジュリエッタという器に、どうにも前世の私の狂っていびつな形の精神が。


 


 これは気持ちがよくて気分がいい。

 それに今の暮らしも気に入ってる。


 というか、ポジティブになれる要素がある。

 それは執事クロガネ・ノワールの存在。


 私はずっと彼が好きだったから、伯爵令嬢でない今は彼との関係が少し進んだことは嬉しかった。


 初めて会ったのは八年前。

 私が十歳の時、彼は十四歳だった。


 お父様が辺境の地で見つけた、若き達人。

 実際、彼の合気道はちょっと常軌を逸しすぎちゃってる。


 現代日本の合気道は原型になった体術なども含めると百数十年くらいの歴史があるけど。

 彼の故郷は百数十年みがかれてきた技術を異世界転生者が伝えてさらに四百年間磨き上げてきた村で、幼き頃から毎日平均十時間の稽古を積んで五歳で黒帯を取得した。

 村を出る頃には六段……ちなみに段位は八段まであるけど六段からは師範、つまり指導者でありそこからの昇段は指導実績になるので個人としての合気道使いとしての実力はトップクラスということだ。


 しかも村を守る為に超実戦向けに当身や武器術も解禁されて四百年も継承けいしょうされてみがかれてきた合気道で、六段。


 ディアマンテ家に仕えだしてからも毎日ころころと転がったり木刀やじょうを振ったり鍛錬を欠かすことはなかった。座る時はもちろん正座。


 お父様が辺境から連れてきた合気道の達人……と聞いて身構えていたけど。

 実際に会ったら四つも年上なのに優しくて可愛い、男の子だった。運動神経が良くて頭も良くて優しくてよく遊んでくれていつも助けてくれて……。


 

 最初に会った時から私は彼を好きになり続けている。


 心が壊れようと前世の記憶を思い出そうとも、この思いはどんどん重く、かさなりかさむ。


 二人の時間が増えて、関係が令嬢と執事から女と男になった。

 まあなっただけで何も出来てないけどね、全然処女。全然手を出してこない、私から誘惑しても乗ってこない……別にそういうの嫌いじゃなさそうなはずなんだけど多分心神喪失状態時に全身くまなく見られていたり弱っているところを見せすぎたのもあるから仕方ない。それはそのうち押し倒すので今はいいけどね。


 なんてことを私は、つまんで言っても良さげなところを適当にジュリアに語ると。


「ジュリエッタさんって、本当にノワールさんが好きなんですね」


 ベッドから身体を起こして嬉しそうにジュリアは返す。


 ジュリア・モーフィング子爵令嬢。

 病気というより虚弱体質で、思いやりがあって健気で可愛い十六歳の女の子。

 最初に会った時はふさぎ込んでいたけど、かなり心を開いてくれるようになった。しめしめってやつね。


「あなたも元気になれば、素敵な男の子の一人や二人見つけてたぶらかせるわよ。ぴったりな人ってどこかしらにはいるからさ」


 私はジュリアへ適当にそう返す。


 現在、私とノワールは例の騎士の猛追もうつい退しりぞけた後にモーフィング家を乗っ取った。


 今はこのモーフィング家を拠点にして。

 ジュリアに勉強を教えたり適当な話し相手をしたり治療ってわけじゃないけど回復の手伝いなんかもしつつ、モーフィング家の事業に口を出したり出さなかったりしてジュリアに成り代わって学園に通っていたりする。


 モーフィング家は事業が上手くいかず資金不足で破綻はたん寸前だった。


 色々と手を出しすぎていたし、ざっと見ただけでもモーフィング家に向いてないのも多かったので遅かれ早かれ破綻はたんはしたんだろうけど。

 致命的だったのは共同出資経営の裁縫工場が経営難に見舞われたこと。


 共同出資していた貴族がランドール伯爵家と共に異世界転生者である例のエリィ・パール女史の囲い込みをしようとして、異世界転生者保護法違反と正規騎士への公務執行妨害で逮捕され処罰された。


 逮捕したのは例のあの騎士ディーン・プラティナ君。

 しかも現場には公平のローグ侯爵家令嬢までいたのでその場の違法行為は余すことなく罪に問われたとのこと。


 この件があったから騎士君は私たちの常軌を逸した逃走力に異世界転生者の疑いがあると考えて、単独でさがしていたようだ。


 まあノワールがなんとかしてくれたんだけどね。

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