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第六話 一千六百万度の狂気を燃やして。

「YuKiCo氏作品のスペシャルサンクス欄に一番古くからその名前があって、デビュー作【不思議を喰らう少女は現実に胃がもたれる】の後書きに唯一名指しで感謝されていたのが……接着少女ボンドガールだった」


 淡々と動揺する私に向けて、彼女は気持ち悪いくらいすらすらと私を開示していく。


「そして、YuKiCo氏の本名は神楽雪子かぐらせつこ接着少女ボンドガールの由来から逆算して、さらに姉妹というところを加味するなら――」


 ゆっくりと目を閉じて、ゆっくりと目を開けながら。


「――春果はるか神楽春果かぐらはるか


 ぴったりと、前世の私の名前を言い当てた。


「私は確かにその通り、勘違いオタク女で間違いない。でもね、制作サイドの次にノンプリを知るのは絶対にこの私なのよ。ノンプリはエンドロールにる全てのスタッフや関係企業が関わった作品についても網羅もうらして、どうやってノンプリにいたったのかの考察は既に終えている。貴女が何者か程度なら一瞬で辿たどり着ける」


 ナイフの先からじりじりと熱が私に伝わってくるほどの燃える狂気を宿して、彼女はさも当然かのように異常なことを語る。


「原作厨を舐めないで。私は誰よりこの国を、この世界を愛しているのだから。こんな脅しじゃ折れることはできないわよ」


 彼女は一千六百万度の狂気を燃やして、微笑みながら言った。


 イカれている。

 頭がどうかしている。

 常軌を逸しすぎている。


 私も自分を大概たいがいだと自覚しているけれど、こいつは自覚すら出来ていない本物の狂人だ。


 ノンプリは、まあ私は乙女ゲームを知らないからちゃんと比較はできるわけではないけど。

 売上ベースでいうなら、大ヒットには一歩及ばないけど根強い人気のあるただのノベルゲームだ。


 セッちゃんの代表作の一つではあるけれど、別にノンプリが最高傑作というわけではない。もっと面白い話をいくつも書いている。


 たかがちょいヒットしただけのゲームに……、


 その情熱を六法全書へと向けていれば弁護士にでもなれたでしょ、無駄過ぎる。過剰なほどのナンセンス。


 でもそのナンセンスで、前世ではFBIだとかICPOだとかをふくめて誰一人辿たどり着くことのなかった私の正体に辿たどり着いた。まあヒントは出したしもう死んでるからバレたところで問題はないけども。


 溶けて、ゆがんで、とがり過ぎている。


 でも、それがこの世界にがっちりとハマっている。

 これ以上なく埋めあっている。

 くっついて離れない、ひとつになっている。


 美しい……素直にそう思う。

 こんなに綺麗にくっついて満たされているものを見たのは久しぶりだ。


 


「でも、もし…………貴女が本気でノンプリⅡを退ける気なのであれば――――」


「――――ジュリエッタ様ぁ! お時間です‼」


 王妃が何かを言おうとしたところで、扉を開けてノワールが終了を告げる。


 私は声と同時に、カバンから手製の爆弾を窓際へ貼り付けながら。


「まあまあ有意義な時間だったわよメリィベル。あ、もう少し窓から離れて……そうその位置くらいなら大丈夫」


 彼女に感謝の弁を述べて、安全な位置まで移動する。


「それじゃあ、ごきげんよう」


 そう言い終えたのと同時に、


 爆発とほぼ同時にノワールが全速力で私を抱えて、爆煙の中へと突っ込んで離脱をする。


 その、寸前。

 私とノワールが爆煙に溶けて消える、その寸前。

 ギリギリ聴こえるくらいの声で。


「――――


 彼女はそう言った。


 モーフィング家、大浴場。


「やっぱりノワールは優秀ね。今晩抱いてくれない?」


「ぶっ⁉ ゴホッ、ごふっ、な、なっ………………ご、ごごご冗談を……、僕は大したことなどしておりません。ジュリエッタ様の作戦が素晴らしいものだったのです」


 爆煙ですすけた私たちは帰宅後お風呂に直行して、私はノワールに優しく髪を洗われながらたたえるとめちゃくちゃ可愛い反応で謙遜けんそんする。


 まあでも、今回のは作戦なんて上等なものではなく単なるどさくさ強襲奇策……いや愚策ぐさくだった。

 大事な部分のほとんどがノワールの技量に依存したものだったので、正当な評価なのだけれど。


 しかし思った以上に上手くいった。

 流石にお城に侵入して王宮に侵入して王妃の部屋を爆破するなんて、フルカラ王国史上最大級の超凶悪事件に対して迅速じんそくに対応出来るわけもない。

 同時進行でローゼンバーグ公爵邸爆破予告事件にも対応中で指揮を取れる軍人や騎士は出払っているわけだし。

 数分間のパニックがあれば、通信機器も映像記録もないこの世界でなら逃げ放題だ。


 私からしたら中々手を出してこないノワールの方が難しい問題……、いや普通に抱かれたいんだけど。徐々にスキンシップを重ねて今では一緒にお風呂に入るくらいは当然になってきたけど……、マジにどっかで一回押し倒してやろうかしら。


 閑話休題。

 一旦、湯船に浸かってノワールが頭を洗っている間に考える。


 とりあえず、あのイカれオタク女はトランス版ノンプリⅡシナリオへの突入を阻止するべく原作改変を行った。


 しかもトゥルーエンドシナリオを通りつつ、シナリオから外れてネモを王にして自身は王妃となった。


 これはあのオタク女が想像を絶するほどにノンプリに浸かりすぎていたことに起因するが。

 最も重要なのは、あの女がメリィベル・サンブライトだったことだ。

 至高しこうのボディに最強の知識に最狂の精神がぴったり合わさって、原作改変にいたった。


 その結果、現在この世界はトランス版ノンプリⅡでもなく真ノンプリⅡの流れにもない状態にある。


 ここで必要なものは、


 つまり、Ⅱメインヒロインであるエリィ・パールの存在だ。

 当初異世界転生者であるエリィ女史は警戒対象だった。

 私の知識の価値が下がるのを阻止する為に、ちょっとどんな人物なのか探って必要に応じてなんかしようと思っていたんだけど。


 私がノンプリについて思い出して気づいたことにより、彼女がノンプリⅡのメインヒロインであることにも気づいてしまったので懐柔を試みようとしていたのだけれど……レイナ・ローグとディーン・プラティナが厄介過ぎて難航している。すぐにどうこうは出来ない。


 それともう一つが、

 あのイカれ馬鹿オタク馬鹿女が記した、ノンプリとノンプリⅡにおける全て。


 トランス版ノンプリⅡについてはここから情報を得て、原作再現における不正解を知っておくことが必要になってくるんだけど。


 あのイカれオタク女が去り際に言っていたこと。


「アキ先生の診療所二階、机の引き出し」


 これはまあ、メリィベルの日記のありかなんだろうけど。


 アキ先生の診療所……ってのはトゥルーエンドシナリオに登場するメリィベルとネモが生活していた場所だ。


 アキ……なんだっけ……流石にサブキャラのフルネームは覚えていない。YuKiCoが書いた番外編にも出てくるけど……あれって辺境の村って具体的な地名とかもない名前の場所だったはず。


 まずは場所の特定からか……、地味に骨が折れるわよこれ。


「……ん、何してるのノワールも一緒に湯船に浸かりなさい。私を後ろから抱えるみたいに……そうそう」


 そう言って、体を洗い終えたノワールを浴槽に引き入れつつ私の好きな体勢にして背中で反応を感じる。


「……い、いや、でもあれですね。アキ先生の診療所って、。しかも王妃様の口から聞くなんて驚きました」


 ノワールは反応に対する気まずさを紛らわすように慌てて語り出――。


「――え? あなた知ってるの?」


 ノワールの気になる言葉に反応して私は首だけ振り返ってたずねる。


「はい。でも、もしかすると他のアキ先生が居て診療所をやってるかもしれませんけど……。僕の地元にもアキ先生という医師がやっている診療所あって、何度か世話にもなっていますね」


 急に振り返った私に驚きながらも、ノワールはさらりと絶対に正解のことを言う。


 そっか、ノワールの四百年前に異世界転生者が現れて合気道を伝えた村も辺境の地にあるって……。

 ……? 流石に気持ちよすぎるでしょ……。


「ノワール……あなた最高すぎ! 大好き‼」


「ちょ……っジュリエッタ様っ、今僕ら全裸ですから! 不味っ……やばいです! やばいですって‼」


 そのまま私は喜びを伝えながら浴槽のお湯を跳ねかす勢いで思いっきりノワールに抱きつくと、ノワールは慌てふためく。


 まあ結局この日、彼は私を抱いた。

 最高だった。


 でもそれは一旦置いとく。

 単純に筆舌しがたい経験だったしみだらが過ぎるし、言葉にするのが野暮だ。


 ここから私たちは一路、ノワールが生まれ育った辺境の地を目指した。


 そこでようやく私はトランス版ノンプリⅡのシナリオを知り。


 そして。

 私はトランス版ノンプリⅡにおけるラスボスキャラであり、お父様の革命思想の根幹こんかんである。


 使について、知ることになる。 


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