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第7章・仕事をしただけの原作者

第一話 神楽雪子。

「ねえハルちゃん、天才画家と普通の画家との違いって何だと思う?」


 私は久しぶりの妹のハルちゃんとの食事兼飲みに、突拍子もない質問を投げかける。


 別にこれはクイズとかじゃなくて、単純に私が参考にしたいだけの質問だ。


 私、つまり神楽雪子かぐらせつこは物を書いてお金を貰うYuKiCoというペンネームで活動している、いわゆる作家だ。


 幼少の頃から人生で二十八億回くらいユキコと間違えられてきたので、もう面倒だからユキコでも返事ができるようにペンネームにした。


「…………物の見え方かな。デッサン力は反復練習、一万時間描けば誰でも絵は上手くなるけど。例えば林檎を見た時に私たちは、赤いなーとか丸いなー美味しそうだなーくらいしか視覚情報から得られないけど天才は違う」


 ハルちゃんは少し考えて、答え出す。

 いいねいいねぇ、流石ハルちゃん。


「林檎の表面の光で白くなったところとの境界線のぼやけ方や、濃い赤から黄色混じりの赤までのグラデーション、細かな凹凸おうとつ、なぜ林檎がこの形状なのか、繋がっていた木はどんなものなのか、視覚情報からそこまで思考を飛躍ひやくさせて頭の中にある林檎を如何に自分のデッサン力で表現するかを考える。それが天才」


 ハルちゃんはつらつらと天才画家についての私見を述べた。


 これはあくまでもハルちゃんの個人的な意見というか感想でしかないし、美術系の人に聞いたら全然違う答えになってくることもあるんだろうけど。


 ハルちゃんは、なんか素人が聞いて納得出来る答えを出すのが上手い。それは作家として非常に参考になるものだ。


「見えている情報量の差と思考の飛躍ひやく……なるほどなるほど」


 私は素直に、ハルちゃんの答えをメモにとって。


「じゃあハルちゃん、最強の男ってどんな人間だと思う? やっぱり総合格闘技のチャンピオンとか?」


 さらに突飛な質問を重ねる。


「……求める最強の定義が戦いや争いなどにおけることで、競技の範疇ではないのなら自衛官や軍人。単純な身体の強さならプロレスラーかな」


 ハルちゃんは煙草に火をつけてひと吸いしてから答え始める。


「え……? 自衛官や軍人ってのは何となくわかるけど、特殊部隊の警察官とかの方が実戦を経験していて強いとかって話もあるし、プロレスラーは……ほらショービジネス的な意味合いが大きいじゃない」


 私はハルちゃんの答えに、聞きかじったそれっぽい疑問で反論してみる。


「まあ警察の特殊部隊もかなり優秀だし実戦を経験しているしかなりの訓練を積んでいるのは事実だけど、自衛官の訓練量はその比じゃないしサバイバル能力や任務継続力が比べ物にならない」


 私の反論に嬉しそうにハルちゃんは語りを続ける。


「それに実戦には一つとして同じケースは存在しないのよ。場所や人数、気候や時間、個人の力量や性格、似たようなものはあっても同じものはない。だったら如何なる状況下や環境下、様々なケースを想定して訓練を積んでいる自衛官や軍人の方が最強に近いと思う。警察官も同じだけ訓練できているなら最初に挙げたかもしれないけど、警察官はシステム上訓練時間を確保するのが難しいからね」


 煙草をくゆらせながら、持論は続く。

 私も一本吸お。


「プロレスラーに関しては単純な肉体強度。セッちゃんはあんまり格闘技だとかそういうの明るくないと思うけど、全ての格闘技はルールの中で安全性を確保して戦いを行っているの。だから格闘家たちは自分たちの競技ルールの中で最適な動きを追求する。将棋指しがテニスのサーブは練習しないでしょ? そゆこと、本来こういう最強議論に格闘家は挙がらない」


 煙草に火をつけた私に灰皿を寄せながら、ハルちゃんは語り続ける。


「武術や武道に関してはルールのない状態での実戦を想定して鍛えるけれど、これは弱者でも戦う力を手にすることだったり、いざって時の対応や必要になる精神性を学ぶものが主なのよ。誰でも頑張り次第で戦えるようにする技術体系は素晴らしいものだけど、どれが一番強いとかは論ずることは出来ないものなの。人間のスペックに依存するからね」


 嬉々としてハルちゃんは語りを続ける。


 というかハルちゃんは格闘技とかそういうのが昔からどちらかといえば好きなタイプだったので、やや語りに熱が入っていて面白い。


「でもプロレスラーは違う。そもそも身体が強くないと成ることすらできない、初日からスペックに依存するのよ」


 にやりと不敵に笑いながら、ハルちゃんはプロレスラーの凄さを語る。


「プロレスは他の格闘技と違って見ている人間へのわかりやすさを追求している。わかりやすい強さ、どっちの方が強いかをどんなに馬鹿な観客でもひと目でわかるように戦う」


 私のショービジネス的なって発言に対する説明もはさみつつ。


けたりかわしたりはせずに相手の攻撃は基本的に体一つで受ける、それで倒れなかったら攻撃をする。交互に殴り合うみたいな単純なものじゃあないけど、相手の攻撃を全て受けた上で相手を叩き潰す。それがプロレスの美学なの」


 ついには美学までも語り出す。


 いや別にハルちゃんはプロレスラーではないでしょうに……、プロレス好きな人ってみんな心がプロレスラーになっちゃうのか。


「蹴られ殴られ絞められめられて倒されても、スリーカウント以内に立ち上がる。最後に立っていることを目的として鍛え続けて、いつ何時誰の挑戦でも受けられる人間を超えた強度を得たのがプロレスラーよ」


 したり顔でプロレスの魅力を語りきる。


 これは……ただ好きなパターンかな? なんて私の呆れが顔に出たところで。


「そうね例えば……、世の中の格闘家や武術家や武道家を横一列に並べて。時速八十キロメートルの軽トラックで全員同時にいたとするでしょ」


 ハルちゃんは突然真面目なトーンで荒唐無稽こうとうむけいなのにおっかないたとえ話を始め。


「最初に立ち上がるのはプロレスラー。間違いなくね」


 自信満々に、確信をもって言う。


「そんな強度を誇るプロレスラーは、この手の話における最強に挙げられる。絶対に外せないわね。これだと決めて鍛え抜いた人間の根性は馬鹿に出来ない、屈強な肉体に過剰な根性を宿せるのはプロレスラーか軍人や自衛官だけよ」


 煙草をくゆらせながらハルちゃんはそう締めくくる。


「屈強な肉体に過剰な根性……、軍人とプロレスラー……なるほどねえ」


 私はわからないなりに、ハルちゃんの熱をそのままメモにとる。


「さらにハルちゃん、格式高い感じの家での家族不和というか……閉鎖的で特殊な家庭環境になりがちな家ってどんな職の家だと思う?」


 続けて私はさらにハルちゃんへと問いかける。


「ん……酒蔵さかぐらを持つような地酒を作っている田舎の酒造業と大きな病院を経営する医者の一族かな。まあ正直一族経営のところならどこだってドロドロしてるんだろうし決してその限りではないんだろうけど、土地に根付いている方が現代社会の倫理的に見た時に腐りやすい傾向けいこうにある」


 またも突飛とっぴな質問にハルちゃんは少し考えてすぐに答え始める。


「酒造業は土地の名家というか地主とイコールな場合もあったりする、長いことその土地での雇用の中心だったりするから権力者との繋がりも多いし、後継とそうじゃないかで扱いも違ったり男か女かだけでも人生が変わることもある」


 煙草を灰皿に置いて、梅酒のロックを傾けながら語りを続ける。


「一族経営の病院は人の命に直結することだし、保険や助成金や補助金……支持政党や宗教、政治的な思惑も絡みやすい。人を怪我や病から救う医者という職業はこれ以上なく立派なものだとは思うけど、病院の経営っていうのは完全にビジネスだからね。人が病んで困っていないと儲けられないというシステムの上にあるものが腐らないわけがない」


 淡々と簡潔に、ハルちゃんは闇の深そうな答えをべた。


「うわあ確かにどっちもそのイメージあるわぁ……、いやーなるほどねえ……」


 私は少し引きながら感想を漏らしつつも、しっかりとメモをとる。


 いやー参考になった。

 天才画家、軍人プロレスラー、酒造業の末っ子、医者の息子……これで四キャラは書けそうね。


 後は書き溜めてるシーンストックから使えそうなところ上手く組み合わせて練っていくか……。


「というか、セッちゃん今度は何書いてるの? またラノベ? 本が出るの?」


 煙草をひと吸いして灰皿に押し付けながら、メモとにらめっこする私に今度はハルちゃんが尋ねる。


「いや今回は、いわゆる乙女ゲーってやつね。ほら高崎がパラレルデザインってゲーム会社で働いてるじゃない? 企画が通ってプロデューサーとしてゲーム作るってなった時にシナリオライターとして私を推したんだってさ」


 私も煙草を消して、ポテトベーコングラタンをつまみながら今回の仕事について答える。



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