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第五話 馬鹿には通じない。

「柿山先生は結婚とか考えてるの?」


 適当な居酒屋に入って、煙草をくゆらせながら接着少女ボンドガール……いや最早お節介な親戚のおばちゃんは渋谷に話を振る。


「めっっっちゃ、超考えてる。医者か超人気イケメン声優で筋骨隆々な男とかいない?」


 渋谷は一ミリも考えてない返しをする。


「あー超人気イケメン声優はわからないけど、独身の自衛隊衛生科の男なら多分探せるよ」


 そんな馬鹿の返しにハルちゃんはちゃん回答する。


「それ医者じゃなくて自衛官じゃん、私はただお金持ちの元でぬくぬく絵だけ描いてたいだけだからさ」


 恥ずかしげもなく渋谷は馬鹿なことを言う。


 こいつ……いやいいか。渋谷は突然馬鹿になったわけじゃない、今に始まったことじゃないから何も言うこともないか。


「うーん、でも多分それ柿山先生を満たさないよ。柿山先生は甘やかさないで上手く操縦してくれるタイプとぴったり噛み合うよ」


 味噌焼きおにぎり箸で切って小さく口に運びながら、渋谷にちゃんと答える。


「えー、甘やかされたいんだけど私ぃ……。まあでもユキ先輩より先に結婚する気はないけどね」


「確かに、セッちゃんはどうなの?」


 渋谷の何気ない一言に、ハルちゃんは一気に標的を私に変更する。


 ぐ……渋谷てめぇ…………いや、ハルちゃんはいつでもこの流れにする気だった。

 仕方ない。まあぶっちゃけ心境の変化がなかったわけでもないし、ちょっとちゃんと答えようかな。


「…………うーんまあ、それこそ?」


 私は煙草に火をつけながら、答え始める。


「私も今は有難いことに物書きで食べれてるし、一応アニメ化候補って言われる程度にはヒット作にも恵まれたけど。作家に安定する瞬間なんてないからさ、あいつがパラレルデザインでちゃんと結果出してゲーム業界でやってけるってならないと。今んとこは私のが稼げてるけど、私は絶対どっかで仕事が減る。だから生涯年収で高崎の方が稼げる感じにならないと、一緒に暮らすのは難しいかもね」


 つらつらと煙草をくゆらせて、がっつり私の現実的な結婚観を語る。


 別に高崎と結婚したくないことはない、というか結婚するんなら高崎しかいない。

 でも流石に付き合ってもうすぐ五年。

 勢いで婚姻届を出して世界に二人だけみたいなことが出来てしまうような情熱は、付き合いたての頃ほどはない。


 別に好きが薄れたとかはない、好きになっていく高揚感こうようかんが好きになりきったことでなくなっただけだ。天井を維持している。


 そんなにまで好きな人と死ぬまで一緒に生きていくとなれば、万全を期したくもなる。

 でも、私と高崎の生き方は万全を期すのに向いていないだけだ。


 それとやっぱ引越しとか結婚の挨拶とか保険の手続きとかが単純に面倒臭いのもあるけど。


「セッちゃんらしいけど、別に高崎さんはセッちゃんが書けなくなっても何とかすると思うし。セッちゃんも別に高崎さんが結果出せなくても何とかするでしょ。お互いに理想形を追うって素敵だけど、そんな素敵な関係ならさっさと結婚しちゃえばいいのに……とは思うけど。確かにノンプリはいいタイミングになるかもね」


 にやにやしながらハルちゃんは私たちについての思いをべて、梅酒を煽る。


 なんか本当にハルちゃんから見て、本当にぴったりなんだろうな。この機嫌の良さはぴったりハマってるものを眺めてる時のやつだ。


「じゃあもう結婚決定だな、私が描いたんだ。売れるに決まってんだろ。式場抑えとくかぁ?」


 カシスオレンジ二杯でえらくご機嫌な渋谷は、味噌焼きおにぎりを頬に詰めながらそんなかっこいいことを言ってみせる。


「そっか……結婚式とかもあるのか……うっわ、ダルくなってきた。やっぱなしで」


「あ、私あれやりたい! 式中に教会の馬鹿でかい扉バーン! 開けて、花嫁チャリのカゴに入れて飛んで逃げて、実は私が幽霊だったってやつ!」


「三つくらい名作映画が混ざってる……、どうやったらその三作が混ざるの……?」


 そんな話をして、楽しく飲み明かし過ごして。


 クリスマスイブ。


……、マジにやったわ」


 パラレルデザインに集められた私と渋谷は、明らかにやつれた高崎にそれを告げられる。


「端的に言うとVivaを積んだ一般的なPCじゃ、ノンプリは動かないことが判明した……。そこで今急ピッチで修正パッチを開発していて、これ自体は何とか間に合いそうなんだが……」


 高崎は心苦しそうに、緊急事態について語る。


 ハルちゃんが言ったたやつか。

 流石スペシャルサンクス皆勤賞、危なく見つからないまま発売してクレームの嵐とかも有り得たわけか。


「修正パッチの容量を空けるために、本編からシナリオを削る必要が出てきた…………具体的には、


 続けて高崎は、具体的な解決策をべた。


 あー、そう。そういう話……。


「いや、もちろん修正パッチを公式サイトからダウンロード出来るようにする案も出したんだ。でもかなりの台数で動かない可能性が非常に高いのと、ダウンロードページを作って維持するコストやらを考えたり、パッチのインストールはボタン一つで完了ってわけにもいかないからユーザーにゲーム操作以外で手間かけさせるのを避けたいってことらしい。パラレルデザイン的にはフルプライスパッケージでゲームを出す以上、修正パッチ前提で売り出すのを良しとしないとのこと」


 高崎はやや早口で、パラレルデザインの決定を語る。


「確かにトゥルーエンドルート……、ステルラ王子はパッケージアートにもキービジュアルにも宣伝用素材にも出ていない。削っても他に影響が出にくい部分ではあるのは事実だ」


 かなり色々な葛藤かっとうを無理やり落とし込んだ形跡を感じる理屈を並べて。


「一旦トゥルーエンド抜きのノンプリを売って、家庭用ゲームハードに移植版を出す際に追加って流れにする…………すまない」


 高崎は私たちに納得を求めた。


 なるほどね。

 つまり、発売延期も許されないし後付け修正パッチありきの発売もダメ。宣伝に出してない隠しルートなら削っても問題ないと……。


 各ルートに散りばめたトゥルーエンドへの伏線や、タイトルのクソダサ☆印などの要素も全てをぶん投げることになる。


 それに、ステルラルートは優秀すぎようが自分にしか出来ないことがあろうが。

 全部捨て去って、何者でもなくていいから幸せになって欲しいという。


 私の勝手なハルちゃんへの思いを乗せている。


 まあ伝わろうが伝わらまいが、ハルちゃんは自分にしか出来ないことで何者にでもなってしまうのだろうけどね。


 それはそれとして。


「まあぶっちゃけ、ちょっと書いたのが無駄になるのはあれだけど別に仕事だしそうするってんなら私は異論ないよ。書いた分のお金は貰ったし、わりとマジでそんなに気にしてない…………けど――」


 私はマジのマジに素直な気持ちを返す。


 うん、マジで気にしてない。これで削った分はお金払わないとかになったら死ぬほどゴネるけど、別にこれ仕事だしね。


 高崎も入社二年で企画を通してプロデューサーを任されるという超有能若手社員ではあるんだろうが若手社員には変わりない。

 若手社員の高崎に会社の決定をくつがえす力はないし、私も言ってしまえば外注業者でしかないから特に反論はない。


 ただ、これは私が物を書くのを仕事だと割り切っているからだ。


 馬鹿には通じない。


「――高崎てめぇ……じゃあ死ぬ気で売れよ。移植版……いや完全版出せなかったら殺すぞデブ」


 渋谷は冗談抜きで毛を逆立てる怒気をにじませて、高崎に返す。


 こいつはこういうやつだ。

 感情と絵を描くことで生きている。


 嬉しかったら笑って絵を描いて、腹が立ったら怒髪天どはつてんきながら絵を描く。

 誰にも出来ない生き方をしてきて、きっとこれからもこう生きるマジの馬鹿だ。

 ちゃんとイカれてるし、ちゃんと変人だ。


 



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