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第六話 鉄は熱いうちに打つ。

「誰相手に言ってんだブス、売るに決まってんだろ」


 高崎は一切ひるまず、渋谷ににらみを効かせて返す。


 こいつもこいつで大概たいがい、馬鹿だ。

 勝負師というか……。

 喧嘩が弱いのに喧嘩好きという、変態だ。


 だから対戦ゲームが好きでゲーセンに入りびたっていた。マジ喧嘩に発展して鼻の骨折られても、ボコボコにされて服をかれて財布を取られても刺青だらけの人に車に詰め込まれても。


 煽るし、乗るし、負けてきた。


 まあこの性分で生きて、勝負してきたことがたまたま噛み合って企画を通すことができた。

 社会に溶け込んだ変態である。


 だがしかし。


「だぁれがぁ……ブスだっゴラァあああああぁあああああぁッ‼」


「ぐがぁ……っ⁉  いってぇぇぇ………………マジか、てめっ……フグトルネードだとぉぉ……」


 問答無用でそう言いながら渋谷は高崎の太ももに回転しながらかかとで、がちんと音がするくらい勢いよく蹴り抜いて高崎は悶絶もんぜつしてうずくまる。


 渋谷はちゃんと馬鹿なので、容赦なく暴力を用いる。


 というかフグトルネード……なっつかし、ハルちゃんが子供の頃に真似してよく練習してたわ。渋谷もそのクチだったらしい。


 さて、そろそろ止めるか。


「はいはいおしまいね。いい蹴りだった。今回は高崎っていうかパラレルデザインが悪いんだから甘んじて受け入れて。それと……あんたどうせここからしばらく泊まり込みなんでしょ?」


 私は興奮する渋谷をなだめながら、高崎に問いかける。


「あ、ああ……まあそうだね、多分ここから年明けしばらくは会社に住み着くことになる」


 高崎は右太ももをさすりながら、半泣きで立ち上がったところでネクタイを引っ張ってこちらに寄せて。


「今のうちに、やれることやっとくよ。クリスマスイブだしね」


 私は高崎の耳元でささやく。


 私も大概たいがいだ。

 私はこんな馬鹿な後輩と変態の彼氏が大好きな、馬鹿で変態だ。


「……は……はい」


 高崎は顔を赤くしつつ、返事をする。


「んだよエロカップルがよぉ、私もハルちゃんにマジで男紹介してもらうおう」


 喫煙ゾーンのパイプ椅子に座って煙草に火をつけながら、うんざりした顔で渋谷はつぶやいた。


 そんなこんなで。

 クリスマスイブからクリスマスの朝にかけてがっつりやれることをやって。


 渋谷はハルちゃんがセッティングした合コンで「絵描いてよ」と言われて、ブチ切れてしまっておじゃんになり。


 三人で年を越して。


「あー久しぶりにゆっくりできたぁ…………。まあノンプリの件はちょっと残念だけど、アレで売れるし完全版も出るよ。あと柿山先生には謝っておいて、先生にぴったりくっつく人はちょっとすぐには用意できなかった。じゃあまた、今年は多分もう日本には戻って来れないから良いお年を」


 すっきりした顔で新年に年末の挨拶を済ませ、ハルちゃんは隙間なくきっちり物を詰め込んだトランク一つ持って再び世界を股に掛けに行った。


 そして一月もあっという間に下旬、つまり。


 一月二十七日【ノンプリンス☆ノンプリンセス~何者でもない私たちは恋をする~】発売。


 初速は上々、初週販売本数もゲーム雑誌調べで三位。乙女ゲームとしてはかなりの滑り出し。

 掲示板の乙女ゲー板でも、批難するのは私と渋谷のアンチとパラレルデザインの硬派なシューティングファンくらい。


 思った以上にまあまあの話題性が出た。

 渋谷書き下ろし販促はんそくポスターの効果が凄かった。

 ファンタジー風味待ちをしている人間が思ったより多かった。


 ネットの記事やら掲示板を見て、にやにやしながら煙草をくゆらせていると。


 携帯が鳴る。

 この着うたは高崎だ。


「セッちゃん鉄は熱いうちに打つ、ここで勝負かけるぞ」


 携帯が発熱したかと思うくらいに熱をびた声で、高崎は言う。


 の、ノっている……。

 声色でわかる、本来空回りして風切り音だけを出すだけのやる気が地面に食いついてとんでもない推進力を生んでいる。


 なら私はこう返す。


「私は何を書けばいい?」


 ここから私は、ノンプリの各キャラのヒロインメリィベルが選ばなかった場合のifルートノベライズを執筆開始した。


 テーマとしては、メリィベルに選ばれなかったとしても何だかんだ達者に生きていける。


 本編では採用しなかった展開や設定を使って、ストックしておいたシーンを使って物語を組み立てる。


 出版社は私がお世話になってるところで、イラスト担当はもちろん柿山しぶたろうこと渋谷。

 やりやすい仕事で、書いてる間にもノンプリの評判が届いてくる。


 手応えがある。

 これは稼ぎどころだ。


 ロート、ブラウ、ベルデ、ジョーヌのifを書いてイザベラとキッドマンの過去編を書いた。

 ドラマCD企画の全キャラ出せるシナリオ原案を出したりして。


 夏が過ぎた頃。


「アニメになる……。OVAで全四話だが、各キャラのクライマックスを抜粋してアニメ化するっていう企画が通った……」


 明らかに激務で大学時代くらいに痩せた高崎が、ビッグニュースを伝える。


 アニメ……っ、まさか初のアニメ化作品がノンプリになるとは……OVAとはいえめちゃくちゃ凄いことになってきた。


 他のもアニメ化しないかなぁ……、アニメ化すると桁どころか単位が変わるっていうしなぁ。


「これで完全版への道筋はできた。というこれ……続編まで考えていいかもしれねえな」


 真剣な面持ちで、高崎はさらに言う。


 調子には乗っているけど、確かにこの流れなら考えないわけにはいかない。


「まあとりあえずまだ本格的には考えないけど、頭の片隅には置いとくよ」


 私は頭にめぐるアイデアにまだお金にならないからと蓋をしつつ高崎にそう返す。


「つーか……俺、痩せたらこんなイケメンだったっけ? なんかかっこよくないか」


「いや……それは調子乗りすぎよ。別に不細工ではないけど、決してイケメンではない。調子乗って変な浮気紛いみたいなことしたら殺すし、調子乗ってんのが渋谷に知られたらボコボコに心を折られるわよ……気をつけて」


 なんか高崎は声まで低めに色気ある風に、調子に乗り過ぎたこと言い出したので私は真剣にさとす。


「そんなにマジの心配をかけるほどなのか……? いや、ごめんなさい……気をつけます」


 かなり効いたようでショック受けた顔をしながら高崎は反省する。


 まあ実際、高崎は隠れイケメンではある。

 いやなんか私が言うと「そりゃ付き合ってるおまえは惚れてんだからブ男だろうとかっこいいとこ探すだろ」って思われるかもしれないが、これはハルちゃんと渋谷からも認められた事実だ。


 ゲームのやりすぎで目が悪くて瓶底メガネをかけていてゲーセン通いの為に散髪代をケチりボサボサの長髪。

 服はうっすい色のジーパンとダルダルのTシャツとダルダルのパーカーしか持ってないので、付き合ってからもしばらく気づかなかった。


 いやそりゃ色々する時は服も脱ぐし眼鏡も外すし髪も上げるから、なんかかっこよく見えてたけどそういう行為時における好意補正だと思って気の所為だと思ってたけど。


 就活の為に髪を切り眼鏡を買い替えてスーツを着た時に、高崎の隠れイケメンが発覚した。


 私とハルちゃんと渋谷の三人で協議した結果、変にモテ出したら困るので自覚させないように努めることにした。まあ別に私は高崎がイケメンだから好きになったわけじゃない、変にモテ始めても困るだけでしかない。


 でもなんか就職したら二年で十五キロ太ったので、安心していたのだけれど……。ここに来て痩せやがって。


 まあでも、ここから忙しくて高崎はモテるだとかの話どころじゃなかった。

 OVAやらコミカライズ化の監修と調整、渋谷の操縦、イベントやらの打ち合わせ、などなど……。


 あっという間に夏が終わり秋なんて感じる間もなく冬が来て、気がついたらノンプリが発売されてから丸一年が経っていた。


 マジでこの一年、私と高崎と渋谷はほとんどノンプリの仕事しかしてなかった。他のも書いていてはいたし本も出たけどノンプリの隙間でやっていたくらいだ。


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