そしてOVAが発売された、春頃。
ノンプリ発売から一年と数ヶ月。
「うん…………、番外編小説面白いね。単純に私がセッちゃんの小説が好きってだけかもだけど、こっちの方が人の心が濃い分誰かと出会って救われた時の……くっついた時の良さが気持ちいい。天才画家のジョーヌが狂気を失わずに、狂気ごと愛してくれる娼婦のジャムに出会って立ち上がるのは熱いわね……ちょっと涙腺に来た」
日本に戻ってきたハルちゃんは、私の部屋のソファでノンプリノベライズシリーズ四巻を閉じながらしみじみと感想を
お気に
ノベライズシリーズもまあまあ売れて、まあまあ稼げた貯金も潤ったし税金対策でパソコンと机と椅子を新しくしたりもできたし大満足だけど。
「これ家庭用ハード移植版というか、完全版はまだ出ないの? この勢いのまま出したら売れるし話題になるし続編の企画とかも高崎さんなら出しそうだけど」
ハルちゃんは煙草に火をつけながら、それに触れる。
「んー……これがどうにも恐らく出ないっぽいのよね。ノンプリ自体は思った以上になかなか売れてるけど、パラレルデザインが他のタイトルで会社が傾くレベルの大爆死をかましたらしくてノンプリでも負債を
私は高崎から聞かされた事情をそのまま話す。
どうにもパラレルデザインがオンライン対戦で麻雀やパズルやトランプなどが出来るゲームソフトと自社オンラインサービスを立ち上げたが、これが大爆死したらしい。
ゲーセンでの麻雀ゲームブームを受けて、乗っかった。
人気イラストレーターを使って可愛い女の子キャラ……まあ言ってしまうとちょっと脱衣麻雀寄りに作ったけど初動にサーバトラブルでオンラインでのマッチングが上手くいかず解決までに時間がかかったらしい。
その結果、ユーザーは離れた。
麻雀だけじゃなくて色々なテーブルゲームが家庭用ハードでオンライン対戦できるのが売りだったが、クオリティはあれでも
まあ初動さえ何とかなれば、有名イラストレーターの美少女キャラが有名声優の声で「リーチ!」とか「革命!」とか「十連鎖!」とか言うのはウケていたとは思うけど……対戦ゲームで対戦ができないのが致命的だった。
力を入れていた分、赤字も赤字で大赤字。
しかも有名イラストレーターに今後のアップデートで追加予定だったキャラクターイラストの依頼やアフレコなどの契約もしてしまっていたり、後に引けない状態だったようだ。
「だからこそノンプリの移植版を出して勝負するように高崎は動いてるみたいだけど。ノンプリは乙女ゲーにしては調子が良いってだけでそもそも乙女ゲー自体が会社を持ち直すほどのセールスを記録できるものじゃあないからね」
私がそう語りながら煙草に火をつけると、ハルちゃんは私に灰皿を寄せる。
「関連グッズや私のノベライズや渋谷の画集とかも、これに関しては収益分配的に私と渋谷に入る方が大きいからパラレルデザインを救うことはできないし」
眉を上げてひと吸いして灰を落として、そう補足した。
「ふーん……でもセッちゃん続編構想してるんじゃないの?」
ハルちゃんは煙草をくゆらせながら、私を読んだことを言う。
「あー……まあ汎用性のあるとこだけね。どういうコンセプトとか世界観になるかわからないからさ。ヒロインとか何人かの攻略キャラとかライバルの名前と設定だけ。お金にならないからあんま本気では考えてないけど、思いついちゃったのを捨てるのももったいないからさ。ちょろっとだけ書き留めてるけど……見る?」
私はハルちゃんのせっかくなら見せてよオーラを感じて、そう言いながらノートパソコンを開くとハルちゃんは何も言わずに画面を覗き込む。
「へー、本当にざっくりなのね。名前と性格くらいで……このベルデポジションの騎士とキッドマンポジションの執事は戦えるタイプなんだ」
ハルちゃんは続編のキャラ設定を見ながら感想を
「そうそう、なんかベルデを書くのにプロレス見たら面白かったから戦えるタイプ入れとこうと思ってさ。まあ何使いみたいなのは結局今のとこ考えてないし考えないけどね。もしかするとそのキャラも他の話に流用するかもしれないし」
私は煙を吐きながら返す。
資料としてプロレスのDVDとか借りたり総合格闘技や武道やらカンフーアクション映画とかを見
残念ではあるけれど、これはただの仕事の一つでしかない。十分なほどに稼げたし、
「……うーん、続編も三人のチームプレイで作って欲しかったけど難しそうなら仕方ないか」
ハルちゃんはちょっと寂しそうな顔で、そんなことを
よし……、このタイミングで言ってみよう。
「ああ、そうだ。私、来月入籍して七月以降に結婚式やるから」
私はさらりと、それを
「…………え?」
ハルちゃんは目を丸くして、間抜けな声を漏らす。
やったね。
見事に驚かすことが出来た。
私がハルちゃんを驚かすってのはなかなかに珍しいことだ。ノンプリOVA化くらい嬉しいまである。
ハルちゃんには驚かされることも多かったけど、私が驚かしたのは数える程しかない。
一番油断してたタイミングで、報告させてもらった。
「ノンプリのおかげでまあまあ貯金も出来たし、高崎も出世したしね。まあパラレルデザインが傾き気味なのが気にはなるけど――」
口が開いたままのハルちゃんに、私はつらつらと続けて。
「――
灰皿に灰を落としながら、不敵に言ってみせる。
まあハルちゃんが言ってた通りのことだ。
結局、どうなるかなんてわからないし万全を期すのに私たちの生き方は向いてない。
だったらもうその時になってから、どうにかすればいい。
全くもってロマンチックなプロポーズなんてものなく。
一緒にアニメを見ながらエビのピザ食べていてアニメのエンディングテーマが流れて次回予告が始まるまでの二分足らずの間に話して決まった。
照れくさいからね。
変に気取ったり無理に思い出にしなくたって、どうせ一生忘れないんだから。
私たちはこれで良い。
「……式の日取りが決まったら、なんかしらのSNSに載せてくれたら確認できるから。地球の果てからでも銃を突きつけられていても誰に抱かれていようとも、絶対飛んでくる。必ず駆けつける、おめでとう」
ハルちゃんは涙を浮かべながら、ふにゃふにゃな笑みを浮かべてしどろもどろに言う。
「知ってる。ありがとね、ちゃんと頭数に入れとくよ」
私も微笑みながら、そう返した。
そこから相変わらずバタバタとしつつ、翌月のお互いの休みが重なったところで役所に行って。
私の苗字も高崎になった。
新居探しに結婚式、披露宴をそもそもやるやらない問題、参列者リスト、エトセトラ。
マジにめんどくさかった……。
ウェディングドレスなんてその日どころか数時間も着ないものをやんわり買わせようとしてくる奴を殴りそうになったり。
段取りが悪く私に結婚タスクを投げ気味にしていた高崎が、ブチ切れた高崎の母親にビール瓶で脳天カチ割られたり。それを
ドタバタとしていたら、あっという間に結婚式当日。
「ユキ先輩……、あんた隠れ美人だったのか」
控え室でバチバチにメイクアップしてもらってウェディングドレスを着る私を見て渋谷は
「ここまでやってもらえば誰でも綺麗になるわよ……。それに私は基本的に顔のパーツや骨格はハルちゃんと大体同じなんだから、付け焼き刃でもここまで本気でやってくれたらそれなりになるに決まってるでしょ」
私は驚愕する渋谷に呆れるように返す。
というか高崎の母……お義母さんがゴリゴリの美容系職の人で、私の体たらくを見て首根っこ掴まれて色々とエステやら美容院やらまつ毛パーマやら骨盤矯正やらを連れ回された。
その結果。
私は今この瞬間、人生で一番綺麗になった日に結婚式を行うことが出来た。
めんどくさかったけど、これはお義母さんに感謝だ。私だけだったら絶対にこうなってなかった。
「そういやハルちゃんはどうしたんだ? 来てるんだろ?」
渋谷が控え室を見渡して私に
「ああ、お父さんとお母さんに合わせる顔がないってことで完全変装で式場に紛れ込んでるみたい。よく見たら多分見つかると思うよ」
私は昨日、ハルちゃんが公衆電話から伝えてきたことをそのまま
気にすることはないと思うけど……、まあどうにも日本に来るのに無茶をしている感があったので迷惑をかけないようにする為の配慮だろう。
「いや流石に式場でそんなキョロキョロする気ねえよ、いい男も来ねえしな。ゲーム会社と出版社の野郎共しか来やしねえ……さっき名刺と一緒にやんわりスケジュールの空き確認されたぞ」
「そりゃベン図で言ったら私も高崎も渋谷も重なってるとこ多いんだからそうなるでしょ。あんたはいいから朝起こしてくれて決まった時間にご飯を食べる規則正しくて常識的で上手いことあんたを操ってくれる男を探しなさい」
私は呆れるように渋谷に返す。
「むっっっず! やっぱハルちゃん探すわ、ベン図的に私たちの重なる範囲でそんなまともな人間はいねえ! ハルちゃん私を助けてくれぇー!」
渋谷は仰け反るように、どこかに紛れ込んでいるであろうハルちゃんに呼びかけた。