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第八話 これは面白くない。

 まあ、式は恙無つつがなく進んだ。

 ハルちゃんはまさかの式場スタッフとして紛れ込んでいたのには驚いた……、でも明らかに一人だけ大号泣のスタッフさんが居たのですぐにわかった。


 そこから


 ノンプリ関係の仕事はほとんどなくなって、私は【かぐわしく舞い踊るシリーズ】がわりと好評で七巻まで続いていたくらいの頃。


 

 三千十グラムの女の子、名前は夏海なつみ

 高崎が彰彦あきひこで私が雪子せつこで夏に生まれたから夏海なつみ、命名は高崎だ。ハルちゃんも合わせたら春夏秋冬がそろう感じ。


 東北で起きた大きな地震の影響で、計画停電や色々な心配がある中での出産だったけど母子ともに健康。

 ハルちゃんも何とか時間を作ってくれて、夏海なつみが生まれた時には福島から飛んできた。


 ハルちゃんは姪の夏海にメロメロになりつつも、足早に福島へと戻って行った。年内は日本国内で、被災地復興関連で色々とくっつけて回るらしい。


 そこからあっという間に、二年。

 夏海は二歳になって保育園も決まり、私もコツコツと仕事に復帰しようとか考えていた頃。


 


 まあ計画倒産ではあるから、高崎も会社が潰れることは知っていたんだけど。

 結局ヒット作にも恵まれず、スマホゲームの台頭によってゲーム業界自体がかつての勢いがなくなったのもあったので仕方ないっちゃあ仕方ない。


 高崎は早い段階から色々と転職活動を行っていたし、広いようでせまい業界なのでまあまあ目星は付けていたところに。


「セッちゃん、高崎さんの転職先を見つけてきた。わりとぴったりハマると思う」


 ある日、突然スーパーで買い物中に現れたハルちゃんはそう言ってベビーカーの夏海に封筒を持たせて。


「ごめん、でもちょっと時間なさすぎてあんまりゆっくり説明できないから詳しくはその封筒読んで。ナッちゃんまたね~」


 夏海のほっぺを優しくつつきながら、ハルちゃんはそんなことを言って足早に去っていった。


 ハルちゃんは本当に忙しいみたいだ。

 元々神出鬼没しんしゅつきぼつではあったけど前は年に一回は帰ってきて何日か滞在って感じだった、今回は夏海が生まれてから二年ぶりで二十秒くらいしか会えなかった。


 まあ顔を見れて良かった、相変わらずくっつけ癖のままに生きているようだ。


「……なるほどぉ、良い話すぎんなこれ」


 帰宅して晩御飯を食べた後、高崎は夏海を抱っこしながら封筒の中身を読んでうなる。


「ノンプリ版権と一緒に俺をに移す話がついてるらしい……、マジかよ俺トランスの【マスタータンク】とか【ミッドタイト】とかめちゃくちゃやってたぞ」


 私に手紙を渡しながら高崎はおののきつつ語る。


 トランスって確か中々大手のゲームメーカーだったよね。大学時代に高崎のアパートで私も何作かやった気がする。


 でもなんかアクション系が多かったような……、アクションRPGとか格ゲーとかもあったかな。乙女ゲー出してたとかは聞いたことないけど。


「なんか今、トランスで女性向けゲーム企画がうっすらと進行してるらしい。そこにノンプリって既存のヒットタイトルとノウハウを持つ俺がぴったりハマるとかなんとか」


 そんないかにもハルちゃんが言いそうなことを言いながら高崎は夏海を抱っこしてゆっくりと揺れる。


「確かにトランスみたいな体力ある会社なら、ノンプリの続編どころか続編に向けてノンプリ完全版を出せるかもな……給料も良いし断る理由が一つもねえー……マジにハルちゃんには足向けて寝れねえな」


 夏海の足を持ってペチペチと拍手のようにしながら転職先に意欲を見せる。


「じゃあ何処にいるかわからないから今日から立って……いやブラジルとかに居たらあれだから逆立ちで寝なさいよ」


 私は洗濯物を畳みながら返す。


「ごめんハルちゃん俺の足を避けてくれ……ッ」


「だめ!」


 馬鹿なことを言った高崎は夏海に両手で顔をはさまれて上機嫌になる。


 しっかしハルちゃんのくっつけパワーはこんなところにまで及ぶのか……、しかも多分片手間でしょ。

 でも実際助かるし、感謝しかないね。


 こうして高崎はトランスへ入社。

 とりあえずはノベルゲームや戦略シミュレーションRPGの企画チームで働くことになった。


 そして高崎が入社して一年経たないくらいで、トランスにてノンプリⅡの企画が本格的に立ち上がる。


 


「いやー……ノンプリⅡ企画チームから外されちった。ノンプリⅡはなんか別の乙女ゲーノウハウ持つ奴が仕切るってさ」


 珍しく外でお酒を入れてきた高崎が、帰宅後に換気扇の下でタバコを吸いながららす。


「食い下がったけど、結局単なるサラリーマンだからな。別のRPG企画に回されたわ」


 疲れた声で台所の椅子に座って、高崎は言う。


「そう、じゃあ私も書かなくていいってことね」


 私は慰めるわけでもなく、淡白に返す。


 まあ別にそういうこともある。

 確かに最初の話と違うし、ハルちゃんが持ってきた話をトランスが反故ほごにしたかたちにはなるんだけどゲーム会社なんて闇の組織が約束を守るなんてことを出来るとも思えないし。


 ノンプリⅡのシナリオって仕事がおじゃんになったのは残念ではあるけど、幸い私には他にも仕事がある。

 この辺りの感覚に関して私はかなりドライというか、作家としてボツ慣れや理不尽慣れをし過ぎているんだと思う。


「ああ、マジでごめん……。なんか渋谷には引き続き描かせようとしたらしい、今や大人気アニメの原作イラストレーターだからな。でもまあ断ったらしい、前歯と鼻を折られたディレクターが半泣きで言ってた。ざまあねえな」


 少し笑いながら言って高崎は煙草をくゆらせる。


 し、渋谷……あいつも三十過ぎて何やってんのよ……出版社とかゲーム会社とかアニメ制作みたいな闇の組織の人間相手だからギリ示談だけど普通に暴行障害事件だからね?


 しかも鼻と前歯って……流石に絵描きが手を傷付けはしないだろうから殴ったんじゃなくて蹴ったってことよね? まさかかかと落とし……いや縦蹴り? なんの才能なのよ。


「しかもセッちゃんが書いたキャラ原案も盗まれた。企画書に添えてたからそのまま使われることになった、やられたわマジに」


 やや怒りをにじませて高崎は語る。 


「ああ、でもあれ適当どころか未完成もいいところだから気にしなくていいわよ。正直誰でも思いつくようなことしか書いてないから、お金になるようなものじゃないし」


 私はあっけらかんと返す。


「まあそうなんだけどな、腹立つというか申し訳ねえというか情けねえというか……せめてノンプリ完全版は通したかった……しゃーねえ、とりあえず俺は新作RPG跳ねさせて社内で力つけるわ」


 高崎は煙草を灰皿に強く押し付けて、怒りを動力に変えた。


 そして翌年【ノンプリンス★ノンプリンセスⅡ~新しい世界の恋~】がトランスより発売。


「あ! せっちゃんゲームしてる! なつもやる!」


 五歳になって活発になった夏海が、私がノンプリⅡをプレイしているのを見て膝に乗りながら言う。


「うーん、ナッちゃんこれちゃんと面白くないかも……パパの作ったやつやろっか」


 私は夏海にそう言って、ノンプリⅡを閉じてハードの電源を落とす。


 ちょっと因縁いんねんがあるとか私が前作のシナリオ担当だからとか夫が関わってないからとかそういうのを全部なしにして。


 


 いやー……これは面白くない。

 私は小説というかアニメも漫画もゲームも、ざっくり物語を伝えるカルチャーは究極的にはいかに見ている人々を騙くらかすことができるかってとこに尽きると思っている。


 だってフィクションなんてものは全部単なる嘘でしかなくて、全て誰かの頭の中で思いついたことでしかない。子供騙しだ。


 それをいかに夢から覚まさないように、夢中にさせるか。子供を騙すというのは案外難しい、大人なら見逃せることも子供は見逃せないから。


 具体的に言うなら劇中におけるリアリティ……いや、何となくの納得感がとても大事になる。


 細かいところなら空を飛ぶなら何となくの原理、空気抵抗を感じるのかそうじゃないのか。ビームが出るならSF考証、魔法なら現象としての効果描写。


 大筋で言うんなら行動動機、何故この人はこれをするのか、この人は何故これが出来たのか、何故出来なかった、何故やらなかったか。因果関係と相関関係を上手く繋げていく。


 これをわかりやすく、されどチープにならないように伝えていくのが物語だ。


 まあ偉そうに言うけど、私も全然わかりにくくなっちゃったり単純に書ききれてなかったりして編集者にバチボコに突っ込まれたり高崎にも忖度なく滅茶苦茶言われたりしてるけど。


 私は私なりに面白さというものにロジックを持って、物を書いている。


 でもこのノンプリⅡは……。

 私の中の面白さからすると、ズレている。


 やりたいことはわかるけど……うーん、シナリオ担当の力量不足もあるだろうけどそもそもコンセプトとか色んなところからの要求や制限が噛み合ず……いや奇跡的に噛み合って、とんでもないクソゲーを生み出した感じね。


 どうにも世の中的にもノンプリⅡはかなり酷い出来と評価されたようで、支離滅裂な展開はネタにされてちょっと動画投稿サイトで盛り上がったけどすぐにそれもすたれた。


 まあ私には関係ないけどね。

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