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第九話 字がきたなくてごめんなさい。

 そこから私はすっかりノンプリⅡのことは忘れていた。

 仕事は他にもあったし、まさかの【かぐわしく舞い踊るシリーズ】がアニメ化された。しかも超人気アニメ制作会社でのアニメ化でなかなかの大ヒット。増刷がかかって、かなり忙しくなった。


 さらに、同アニメ制作会社で十五年以上前のデビュー作【不思議を喰らう少女は現実に胃がもたれる】のアニメ映画化がまさかまさかで決まったり。高崎はRPG【猫スライム冒険たんシリーズ】が結構人気になって忙しくなったり。渋谷が人気声優と結婚して離婚したり。


 その間にハルちゃんは二回くらい現れて、夏海と遊んで消えて。


 ノンプリⅡ発売から、あっという間に四年が経ち。


 夏海は十歳になった。

 世の中は大流行中の感染症で、学校も休みになったりして在宅勤務が増えていた頃。


 出版社からファンレターが届いた。

 ダンボールいっぱいとかじゃないけど【かぐわしく舞い踊るシリーズ】と【不思議を喰らう少女~】のアニメ化でかなり増えた。とはいえSNSもあるしメールもあるから手書きのファンレターなんてのはかなり珍しい。


 手書きのものは熱意が高いものが多い。めちゃくちゃ励みになる。

 ありがたく読ませて貰っていると。


 一通、気になる手紙があった。


 ギリギリ読めるくらいの、大きく震えて乱れた文字。

 子供が書いた……いや、どうやら違うみたいだ。


 内容はアニメ化した【かぐわしく舞い踊るシリーズ】でも【不思議を喰らう少女~】でもなく。


 ノンプリについてのものだった。


 凄いなノンプリに関するお手紙なんて久しぶり過ぎる、だってノンプリってもう十三年くらい前のゲームだ。夏海も生まれてないしまだ結婚もしてない頃。


 ノンプリⅡの時に何通か関係ない私の元にもご意見メールが届いたけど……それももう五年くらい前の話だ。


 なんかノンプリ自体は根強いファンが未だにイベントとかやってたりするってのは聞いてたけど……いや読もう。なんかこの手紙には熱がある。


 以下、手紙の内容。


 拝啓、YuKiCoさま。

 私は高校生の時にノンプリをプレイしてからあなたのファンです。

 ゲームはもちろんノベライズもコミカライズも全部、ドラマCDもOVAも見ています。


 かんしゃを伝えたくて、お手紙を送らせていただきました。

 字がきたなくてごめんなさい。画すうが多い字も書けません。


 私は、去年くもまっ下出血でたおれました。

 死にはしませんでしたが、半身にまひがのこりました。

 しゅみのフィギュア造形もできなくなって。

 仕事も失って彼氏にもふられました。


 正直、死んでしまえたほうが良かったんじゃないかとも思いましたが私は立ち上がれました。


 ノンプリがあったからです。

 とくにイザベラの存在が大きかった。

 どんな困なんからも、どれだけ辛くても立ち上がったイザベラが私の中にいたから私も立ち上がることができました。


 今はリハビリをして一人で歩けるようになることを目ひょうにしています。

 まだこんな字しか書けませんが、資格の勉強も始めました。


 なんとか生きていきます。

 本当にノンプリで、私は生きることができました。


 高崎プロデューサーや柿山しぶたろう先生にも、あわせてかんしゃを伝えたいです。


 ありがとうございます。

 皆さんのますますのごかつやくをお祈り申し上げます。


「…………これ、


 私は手紙を読んで、声を漏らす。


 これは……、多分本当だ。

 まあそもそも嘘をつく理由もないし、私みたいなおおやけにリアクションを発する機会のない作家にこんなイタズラをしたところでなんの意味もない。


 この震えてとがる大きな文字と文字を大きくしたから文章量は少ないのに便箋びんせんを二枚使っているところとか。一枚目と二枚目の便箋びんせんの色が違うのが何度も書き直して別のレターセットを使うことになったとか。凄く時間を使って書いたんだろうとか。


 文章以上の情報が、、この手紙には込められている。


 時に物語というのは、人の人生に大きく影響を与える。

 誰かの頭の中で思いついただけの嘘に騙されて、人生を変えられてしまうことがある。


 私の場合は確実に、あの小説書きの女の子とバイオリン作りの男の子と猫のアニメ映画だった。今でも夏海と一緒にDVDで観たりするくらいに好きだし、私の人生に大きくくい込んで離さない。


 まさか私の……いや、ノンプリは私たちか。


 私たちの作った物語が、こんなにも誰かの人生にくい込んでいるなんて。


 私は何かお返事を出そうとしたけれど、住所と名前がどうしても読みとれなくて返事は出せなかった。


 その夜、私は高崎に手紙を読ませた。


「……………………」


 高崎は手紙を熟読して、つぶやく。


 声は小さいが、その背中からは大きな決意がにじんでいた。


 数日後。


「セッちゃん、俺トランス辞めるわ。自分で会社を立ち上げる、独立する」


 会社から帰ってきた高崎は、テーブルをはさんで私に向かって真摯しんしのたまう。


「まあ良いと思うよ、そろそろが爆発する頃だと思ってたし」


 私はそれほど驚くこともなく肯定をしめす。


 正直、この間の手紙で火が点いたのはわかっていた。

 あれには仕事に対してドライな私ですら、熱に当てられた。

 ちなみに渋谷にはまだ手紙は見せていない、あいつは火が点きやすすぎる。ガソリンスタンドで喫煙するより容易よういに大爆発を起こす。


「……うん、それとノンプリの権利主張をしようと思う。多分バチバチに裁判になると思うけど…………俺やっぱノンプリ完全版とあんなクソゲーじゃなくてちゃんとセッちゃんのシナリオで渋谷が描いたノンプリⅡを出してえ…………正直結構お金を使いますし収入も怪しくなります……」


 申し訳なさそうに、これからの喧嘩について高崎は語る。


「いいわよ別に。アニメ化作家舐めないで、まだ私の方が全然年収あるからね。夏海を大学行かすくらいの貯えは全然あるし、結婚する時決めたからね。どっちがどうなってもなんとかするって」


 私は呆れるように笑いながら、当然の答えを返す。


「すげぇな、セッちゃん。まだ好きになる」


「次はあんたがかっこいいとこ見せてよね」


 高崎は少し柔らかい顔で言って、私は照れながら返した。


 翌日、渋谷を呼び出して。


「そうか……、よし、全部わかった! 私は誰を蹴っぱぐりゃあいい?」


「わかってねえ――っ! 蹴るな馬鹿! 今暴行障害事件なんて起こしたらおしまいだ馬鹿! ブス! バツイチ……ゴパァッ!」


 渋谷に手紙を読ませて経緯を説明したところで、案の定渋谷が爆発しそうになったところに高崎が捲し立てて返したら鳩尾みぞおちに渋谷の三日月蹴りを刺さる。


「しーぶーや……、今のは高崎が悪いけどあんたもしばらくは暴れんの禁止。変なことするとそこにつけ込まれるかもしれないからね、ノンプリの権利主張が出来るのは現状私たち三人だけなんだから。我慢するってのがあんたの戦い方よ」


 うずくまる高崎をよそに、私は呆れながら渋谷に言う。


「だったらユキ先輩も、使。それがあんたの戦い方だろ」


 椅子に胡座あぐらをかいてふんぞり返りながら、渋谷は私に返す。


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