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第十話 私だけの重い思いだ。

「……? 何言って――」


「ユキ先輩はこういう時、。絶対にハルちゃんならどうにか出来ることでも、ハルちゃんを使おうとはしない」


 渋谷は私の言葉にかぶせるように、語り出す。


「姉として妹に迷惑かけたくないとか、便利に使うみたいなことをけるとか、それはわかる。しかもご丁寧に物書く時に話を聞いて、私は妹を頼りにしてますって形まで整えている」


 やや熱をまといながら、渋谷は私を言語化していく。


「でも肝心なところでユキ先輩はハルちゃんの力を使わない、高崎先輩がノンプリⅡから外された時点でハルちゃんに相談しとけば良かった。そもそもハルちゃんが持ってきた話と違ったんだから文句れりゃあ良かっただけなんだ。それだけでノンプリⅡは私たちが作ることができた」


 力を込めて、渋谷は続けてそれを語った。


 これは……、まあその考えが頭をぎらなかったといえば嘘になる。

 トランスとノンプリと高崎をくっつけるというベストなハルちゃんらしい解決策だったけど、トランス側の需要はノンプリのみだったというハルちゃんらしからぬくっつけ失敗だった。


 多分それをハルちゃんに伝えたら、世界の果てからでも何とかしただろう。私たちの為と自分の納得をいっぺんに解決しただろう――。


「――でも、。単なるコンプレックスだろ、それ。意地っつーか……、優秀過ぎる妹に泣きつくのが嫌なだけだ」


 私の思考に重ねるように、渋谷は私の真ん中にある黒くて苦い部分を開く。


 その通り……なんて、簡単に認めたくはないけれど。

 私も四十手前になって、自分ってものを嫌になるくらいわからされている。

 だから、もう認めざるを得ない。その通りでしかない。


 私はずっとハルちゃんがコンプレックスだった。

 頭が良くて気建てが良くて可愛くて行動力があって自由で強くてイカれていて。


 

 


 ハルちゃんはずっとハルちゃんで、一瞬もブレることなくハルちゃんだった。


 私は何者でもなかった。

 だから作家を目指した、そして作家になった。


 片やハルちゃんは世界を股に掛けて、くっつけて繋げて、世界の形を変え続ける国際犯罪者。

 善にも悪にもとらわれずに縛られない、世界で一番自由で最強で最凶で最愛の妹だ。


 わずらわしいとさえ思えないほどに凄すぎる妹へのたった一つの対抗手段が、


 作家として、ハルちゃんに必要のないアドバイスを貰ってスペシャルサンクスに意味の無い感謝を伝えることでしか私は私をたらしめることが出来なかった。


 何でも出来て完璧で最強で天才の妹に、心から頼ったり任せたり甘えたりなんて死んでも嫌なだけ。


 これは私にしかわからない、私だけの重い思いだ。


「だけど今回はそれをやめろよ。無様にハルちゃんへ泣きつけ、絶対に勝たなきゃなんねぇんだから全力全開手段を選ばずかっこよさとかプライドとか全部捨てて……一番強い方法を使う戦い方をしろ。自分の思いと戦え馬鹿」


 身体から、背景が歪みほどの熱量を発して渋谷は私の心を握りつぶすように言って。


「勝ちてえんだよ、私は。はらわた煮えくり返ってんだ」


 燃える瞳を真っ直ぐ私に向けて、そうくくった。


 そうか、そうかよ。

 私は私の中の一番黒くて苦い部分を、私自身で触れる。


 これを飲み込むのか……、秋刀魚の苦いとこも嫌いなのに……。

 でも、これは戦いだ。私の戦いなんだ。


「………………ふぅ――――――――――っ」


 私は大きく息を吐いて。

 スマホを開いて、個人用のアカウントでSNSに一言つぶやく。


 ごめんハルちゃん、助けて。


 二日後。


「……セッちゃん大丈夫っ⁉ 何があったの⁉」


 私が家で原稿作業をしているところに、ハルちゃんは滝のような汗をかきながら珍しく焦った顔で声を荒げながら現れた。


 本当に飛んできたんだ……、私はその姿を見て喉元まで出かけた「やっぱ大丈夫、ごめん」を飲み込んで冷たい麦茶とタオルを渡して。


 事情を語った。


「……なるほどね。そっか高崎さんが独立して、ノンプリ版権を取り戻すと。そしてノンプリ完全版と三人のノンプリⅡを作り直す……協力しないわけがない」


 麦茶を飲んで、汗を脱ぐって話を聞き終えたハルちゃんは落ち着いた様子で言ってから続けて。


「そもそも私がミスったことだからね、トランスの馬鹿共を愚かさを舐めてたよ。忙しかったし変に干渉すると高崎さんに迷惑かけちゃうかもだったけど……こうなったら、ちょっと形を整えてやらないと」


 ゆがんだ笑みを浮かべて、接着少女ボンドガールうそぶいた。


 そして、高崎はトランスに宣戦布告。


 退職をして、パラレルデザイン時代の仲間やトランスで同じRPGチームにいた人たちを集めて事前に進めていた新会社であるを立ち上げて登記簿登録も済ませて。


 高崎が独立を決意してから約一年後、夏海が十一歳になった頃。


 いよいよ裁判が始まった。


 ハルちゃんの紹介で付いてくれた弁護士が有能過ぎた。

 過去の独立時における版権問題裁判の判例や、パラレルデザイン時代における高崎のノンプリへの貢献度など。

 信じられない速度で、反論や疑問を潰す完答を書式にまとめあげて裁判の主導権を最初から握った。


 さらに。


 ハルちゃんはトランスの重役やノンプリⅡのプロデューサーのスキャンダルを片っ端から週刊誌に売りつけた。


 未成年とのアレだったり脱税だったり信号無視とか学生時代のイジメ加担とか過去の政治批判とか民族差別発言とか。


 トランスは燃えに燃えた。

 流行病で家にこもっていて暇な世論だけじゃなく右の人とか左の人とかにも目をつけられてノンプリ裁判どころじゃなくなっていたけど、一度始まった裁判はそう簡単に終わらすことは出来ない。


 でも、ガリガリに削られたトランスには。


 優秀過ぎる弁護士と。

 喧嘩好きの社会に紛れ込んだ変態と。

 感情と気分だけで絵を描いて人を蹴る馬鹿と。

 最強の妹へのコンプレックスを物を書くことでしかまぎらわせない変態な馬鹿と。


 戦う体力はもう、なかった。


 一年後、夏海が十二歳になってもうすぐ小学校を卒業するってくらいの頃。


 


 ノンプリ版権は完全に高崎のプロジェクトシーズンのものになり、まさかの裁判費用を含めた和解金まで得られた。


 二日後、我が家にて。


「いーや完全勝利かましちまったなあ……喧嘩たっのしいぃぃ……」


 夏海が寝ているので声を抑えながらも、ビールを煽った高崎は気持ちよさそうに声を漏らす。


「まあ一旦おめでとうではあるんだけど……、実際これスタートラインに立っただけでしょ。勝負はここからノンプリ完全版と続編……真ノンプリⅡの制作とかそもそも売れなきゃマジに死活問題だし――」


「ユキ先輩今はとりあえずいいだろ。私らが書いて描くんだから面白くなるし売れるっての、つーかハルちゃんは来ねーのか? 祝勝会だぞ?」


 私が呆れて現実を語ろうとしたところで、渋谷が被せるように上機嫌にたしなめてハルちゃんの所在を気にする。


 まあ確かに今はいいか、水を差すこともない……けどこの変態と馬鹿にはどっかでブレーキをかけてやらないと……。


「んーハルちゃんかなり忙しいみたい。でもほら便りがないのは元気な証拠っていうから……まあ心配はいらないんじゃない?」


 私はハルちゃんの所在について返す。


 日本でも流行りの感染症がやや落ち着いてきたとされているけれど、まだ感染症によって世界的には経済がとどこおっていた余波は残っているし海外では大きな争いも起こっている。


 そういう上手くいってないところにハルちゃんは現れて、くっつけようと動き回る。だとしたら今はとてつもなく忙しいはずだ。


「ふー……裁判とトランスの炎上でわりと話題になったし、このままプロジェクトシーズンからノンプリ完全版と真ノンプリⅡの制作発表を行う。完全版の方もHD化しねえと……当時まだ4:3画面だったし、PC版だけじゃなくて家庭用ハードで出すつもりだからそこそこやることあるし、容量も上がったからセッちゃんにはノベライズ外伝からの逆輸入で加筆してほしいし、渋谷も新パッケージアートやら販促はんそくイラストガンガン描いてもらうぞ」


 ひとしきり余韻よいんひたった高崎は、落ち着いた様子で私たちに今後のことを語る。


「そりゃあね、やるわよ」


「余裕過ぎ、誰に言ってんの?」


 私と渋谷は、さもありなんと返す。


「ははっ、頼もしいよ。まったく」


 高崎は嬉しそうに言って、本日三回目の乾杯をした。


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