目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第十四話 満たされることのないものを抱えて。

「不定期だけど撮れる時に撮ってるみたいなものなんだ。私が死んだら、色んなところを経由してアナログ的な伝言ゲームのような方法や暗号もふくめてこの動画ページをに届けるようにしてあるの。だから多分これが届いた頃には私は死後一年以上は経過してると思う」


 そのまま淡々と、ハルちゃんは語り始める。


 私のことをセッちゃんではなく、と呼ぶ。

 この映像が万が一よその人に漏れても私のことを特定できないようにしてるんだ。


「だから多分これを見ているところから一年以上前に世界のどこかで私は死んだってことだね」


 さらりと、あっけらかんと、自身の死についての語りは続く。


 ああ、これ……だ。

 変な面白くない冗談とかじゃなくて、だ。


 ハルちゃんは、死んじゃったんだ。


「あ、気に病まないでね。私は私の中の私に従って私として生きて私として死んだだけだから。いつだってこうなってもおかしくなかったし、ここまで好き勝手に生きてこられた方が奇跡だったのよ」


 とてつもない喪失感に飲み込まれそうな私に、画面の中のハルちゃんは優しくそう言って。


「そうね……。ってやつ、ふふっ、死んじゃったんだけどね」


 笑顔で、そんなことを続けた。


 私は私を生きている、これはノンプリに出てくるイザベラの台詞であり座右ざゆうめいだ。


「私の口座にはちょっとした国の国家予算くらいのお金が入ってるんだけど、それは全部私が死亡した時点で然るべきところに必要な分だけ分配されるようにしてあるから……ごめん、あなたには何一つ残すことはできない。あなたは満たされているから」


 眉をひそめて、さらにとんでもないことを淡々と続ける。


 ちょっとした国って……国にちょっとしたもなにもないでしょ。まあお金に困ってなかったんなら良かった。


 それに必要なところに分配されるってのは、とてもハルちゃんっぽい。確かに私たちにお金は必要ない。


「それと私の死体も臓器提供などに出されるから骨も残らないと思う」


 続けて自身の遺体についても語る。


 これもハルちゃんっぽい、収まるべきところに収まったり足りないものや欠けたものを埋めたり繋げてくっつけるというものの中でドナー登録というのはぴったりだ。


「……まあだから正直、このビデオレターというか遺言状みたいなものになんの意味もないし必要もないないんだけどね。このビデオを誰かに見せたら敵がコロニー侵攻してきてるのを止められるとかもないしね」


 ハルちゃんは穏やかに微笑みながら、昔見たロボットアニメのOVAのネタを放り込む。


 いや……、まだ私は嘘だと言ってほしいよハルちゃん。


「このまま帰らなかったら、どこかのタイミングであなたは私が死んだことを悟るだろうし。別れの言葉のようなものはこっちには届かないから、一方的な別れって私の主義に反するんだけどさ。こんなものは自己満足にもならない」


 淡々と、感傷に浸らせないほど現実的なことをハルちゃんは語る。


 でも確かにその通りだ。

 ハルちゃんは、合理主義者ってわけではないけどロマンチストでもない。

 こんな、ただ自分の死を知ってほしいだけみたいなことをするのはハルちゃんらしくない。


「――――……、


 ハルちゃんは少しカメラから目線をらして、下唇に力を込めて続けて。


「死ぬまで言うつもりのなかったことを、一方的に、ただ言いたい。だって死んでるからね」


 まっすぐとカメラに目線を合わせて。


「…………私はずっと、あなたが羨ましかったんだ」


 やや低い声で、苦しそうにハルちゃんはそれを言った。


「私はどうしてもくっつけることを抑えられない悪癖のまま生きることしかできない怪物だからさ」


 寂しそうに微笑みながら、ハルちゃんの語りは続く。


「その為にはどんな影響もいとわないし、善と悪の区別もない……私は生まれた時から壊れていた。誰より何よりくっつけて繋げることを行ってきたのに、私は誰とも分かり合えることのない繋がることはない怪物だから」


 ハルちゃんは自身のくっつけ癖について、ややマイナスに語る。


「……だから、あなたが二人と出会って三人の完成された繋がりを見た時…………私は嫉妬した」


 優しく笑顔を見せながら語りは続く。


 

 これは高崎と渋谷のことだろう。

 ハルちゃんの中で私たちは完璧に噛み合った繋がりだと言っていた。ノンプリの時はとても喜んでくれた。


「だからその後すぐに私は家を出た。


 語りは続く。


 確かに……、ハルちゃんが家を出たのは私が大学で高崎や渋谷と出会ってからすぐのことだ。


「まあでも、どうやらこの世界……少なくともこの時代には私とぴったりくっつく人間はいなかった。もしかすると今から私が死ぬまでの間に出会うこともあると思うけど、それもないかな。そんな出会いがあったら私は死なないだろうしね」


 つらつらと、ハルちゃんは胸中を語る。


 そうか、探していたんだ。

 ハルちゃんとしかくっつくことの出来ない人。

 つまり、運命の人を。


 全てをくっつけて収めて繋げたい癖を持つハルちゃんが、自分自身はくっつけられないということを良しとするわけがなかったんだ。


 私たち家族……神楽かぐら家の父と母と私も、そうはなれなかった。

 満たされることのないものを抱えて……だからハルちゃんは世界を飛び回ったんだ。


 そうか、そうだよね……。


「…………なんだろ、何が言いたいのかもよくわかんなくなっちゃった」


 コンプレックスを上手く言語化出来ず、ハルちゃんは苦い顔をする。


 気持ちはわかる。

 これは多分、私がハルちゃんに対してコンプレックスを抱いているのと同じなんだ。

 結局、無い物ねだりでしかないって話でしかないのかもしれない。


「あ、でも私があなたたちを大好きなのは嘘でもないし変わってもないからね! 羨ましくてねたましいほどに、憧れているよ」


 ハルちゃんはパッと明るい顔で、少しあわてるように語りを続ける。


 これもわかる。

 私もハルちゃんが大好きなんだから。


「心残りとしては、完全版と続編を見ることが出来なかったことだけど…………まあ絶対に三人が生み出したものなら間違いなく良いものだから見るまでもないのかもしれないね」


 口をへの字にしながら、穏やかに悔いを語る。


 そっか一年以上前……、まだこの時:NovaⅡどころか:Novaも発売してないんだ。


 もしかすると:Novaはこの後触れたかもだけど、そうかハルちゃんに:NovaⅡは届かなかったんだ。


 せっかくハルちゃんの力で裁判で勝ち取った続編だったけど……それは私としても残念だ。


「それじゃあ、みんな仲良くしてね。リトルレディにもよろしく」


 ハルちゃんはこちらを向き直して、手を振りながらそう言って立ち上がる。


 リトルレディ……まあ夏海のことだ。

 もう少し夏海とも遊んでやって欲しかった。


 そうか、ハルちゃん本当に――――。 


「このページは再生されてから一定時間の後に、削除されるから保存するんなら早めにね。じゃあ、バイバイ」


 画角の外からハルちゃんはそう言って、カメラを触ったところで動画再生が終わる。


 私は急いでブラウザの動画保存を使ってダウンロードする。

 保存した映像が再生出来るか確認して、ほっとしたところで、涙があふれ出す。


 ハルちゃんが死んだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?