「ちょっと熱く語ったら身体も緊張したな。これから奥田先生のところに行ってくるよ。美津子はどうする」
いろいろ考えていると変に疲れてくるものだ。最近の様子から何となくストレスが溜まっているような感じがしていた私は、また整体を受けに行こうと考えた。思い付きだったので枠が空いているかどうかは分からない。
でもギックリ腰のような急性のものではないし、もし今日無理だったら明日でも良いと思っていた。美津子は今日受けたいとは思っていないようなので、私はそのまま電話で確認することにした。
希望時間を伝えると、それは無理だが、すでに入ってる他のクライアントの予約を考え、私が相談した時間の30分前なら大丈夫という返事だった。
私はいつも1時間のコースを選んでいるが、言われた時間ならば店に遅刻することもない。早く終わる分余裕も出てくる。即決で予約した。
「美津子、予約取れたよ。すぐに出ないと間に合わないようだから、先に出かけるよ」
「分かったわ、私が戸締りをしておくから行ってきて」
私は美津子の言葉を聞いてすぐに出かける準備をし、家を出た。
予約した時間の5分前くらいに着き、ドアを開けると奥田が出迎えてくれた。
「先生、いつも急にお願いして申し訳ありません」
「大丈夫ですよ。ウチは予約される方も多いけれど、急に身体をおかしくされる方もいらっしゃいますから、よくそういうお電話をいただきます。雨宮さんだけがいつも急に、というわけではありませんから」
奥田は笑って答えた。私がやっている居酒屋の場合、予約よりも当日突然来店する客が多い。それでも席はそれなりにあるし、スタッフ1人で複数対応できる。
でも、奥田のような仕事の場合、個別に対応するため、枠に空きがない限り突然の予約には対応できない。枠が有り、指名がなければ大丈夫だが、こういうところは居酒屋とは異なる。今日の場合も、他の人の予約の関係で私の希望とは30分のズレが生じた。私も商売をやっているため、こういうところの対処には身につまされるものがある。
だが、今日は別のところに意識があるため、予約の話題ではなく、つい気になっていることを尋ねてしまった。
ただ、それは施術前の問診の時ではない。奥田の次の予約が分かっている分、実際に施術が始まった時に聞いた。
「先生、コロナのことが話題になっていますが、どう思われます?」
「そうですね、いろいろありますが、どういうところがお尋ねになりたいですか? 私は医者ではありませんので、ウイルスそのものについては何も言えませんし、テレビでもいろいろ解説されているので、そちらをお聞きになったほうが良いと思います」
至極もっともな回答だ。だが、私が聞きたいのはそこではない。この問題が仕事にどう影響し、対応しているかということだ。私は改めてその点について尋ねた。
「そういうことですか。それならお答えできます。まず仕事の点ですが、私たちが対象とするのは運動器系のトラブルが主ですし、中にはストレスなどで身体が緊張したのでリラックスしたいということでお越しになります。そして、もともと健康関係の仕事ですので、衛生観念についてはしっかり持っているつもりで、この点はこれまで同様実施していますので、その点の安心もいただいております」
そう言われて改めて思い出してみると、この問題以前から施術時には必ずマスク着用だし、施術の前後に手洗いを実践している様子を見ている。
「そして、寒くなってくると例年、インフルエンザ対策として単なる手洗いではなく、薬用石鹸を使用し、感染防止に努めています。そういうことも関係しているのか、来院する方の変化はありません」
やはり健康関係の仕事には変化はないのか、ということを実感した答えだった。
同時に飲食店の場合はどうだろう、ということが改めて頭を過ぎった。整体のように、きちんと身体を整えるというのは自分ではできないけれど、お酒を飲んだり食事したりするのは自宅でもできるし、もっと感染が拡大したら飲食店という仕事はどうなるのかという心配が頭を過ぎった。