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緊急事態宣言発出 1

 3月に入り、コロナ感染者が増えてきた。日本ではまだそれほど増えたという実感はなかったが、欧米では大きく数字を伸ばしており、その様子は連日、日本でも報道されている。

 私と美津子は自宅のリビングでその報道をテレビで見ているが、私たちの話題も最近は新型コロナウイルスのことばかりだ。

「増えてきたね、新型コロナウイルス・・・」

 私はテレビ画面を見ながら小さくつぶやいた。

 美津子は隣に座っており、私の言葉に小さく頷いた。直接その様子を見たわけではないが、隣にいるため、その気配は感じる。最近は同じような話ばかりなので、リアクションも同じようになっている。

 私たちも社会生活を営んでいるので、当然世の中の動きは気になる。特に商売をやっていると、そういうことについても敏感になっていく。ちょっとした変化で人の流れに影響が出るし、消費行動も違ってくるからだ。私たちが営んでいる居酒屋というのは、社会が円滑に回っていてこその仕事であり、毎日の生活の中でオアシス的な役割を持っていると考えている。

 しかし、それも普通に過ごせていればのことだ。今回の新型コロナウイルスのような感染症による社会的な不安がある場合、人の心に大きな影を落とす。それはちょっと外で飲んで解消できるようなことではないのだ。

 2月下旬にはトイレットペーパーやティッシュなどの品不足があり、転売により高値で取引されるということも起こっている。穏やかに暮らしているつもりでも、変な圧力を感じ、ギスギスしている人も見かけるようになった。

「最近のお客さんのことだけど、ちょっとオーダーを取りに行くのが遅くなっても不機嫌になる人が増えているようだけど、2号店はどう?」

 私は最近、店で感じている変化について美津子にも尋ねてみた。すると、同じような答えが返ってきた。

「やっぱり・・・。最近、精神的に余裕がない人が増えているのかなあ」

「そうね。毎日、こんな暗い感じの話ばかり聞いていたら、そういう気分になるんでしょうね」

 先月であれば、もう少し物事の見方に違いがあったが、最近は同じような感じになっている。

「お店のスタッフの様子はどう?」

 2号店の様子を聞いてみた。

「先月はみんな割と楽観的な感じだったけど、最近はちょっと違うわね。何というか、コロナの件、ちょっと真剣に捉えているみたい。1号店のみんなはどう?」

 美津子もスタッフについて同じような質問をしてきた。

「同じだよ。まだ周りの人が感染したってことは無いようなので、変わってきたと言ってもちょっとだけどね。でも、客数には変化が出ているし、それもコロナが関係してるかもしれない。感染しない対策の一つは人との交流を制限することだろうから、そういう意識が少しずつ影響しているのかな。でも、そういうことは客商売をしている身としてはきついよな」

 私の口から本音が出た。その話にも美津子は黙って頷いていた。


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