矢島はそれからさらに続けて言った。
「店長、今はニュースなどで情報を集め、人の意識の変化などについても見ていく必要があると思います。今、日本も中国の武漢に住んでいる日本人やその家族などを帰国させようとチャーター便を飛ばしているじゃないですか。さっき話した国内で亡くなった人が出たあたりから、ずいぶんコロナ関連で騒がしくなってきました。確か東京マラソンも中止になりましたよね。他の大会も軒並み開催自粛を要請され、先月末くらいには学校も休校になりました。北海道では独自の緊急事態が宣言され、週末の不要不急の外出自粛も要請されました。身近なところではディズニーランドも3月15日まで休園するというじゃないですか。こういう話を聞いていると、だんだん暗い気持ちになります。そういうことも関係するのか、最近はちょっと数字が落ちていますし、店長がさっきおっしゃったお店のことについては、数字的に心配です」
矢島はこれまで抑えていた気持ちがあったのか、一気にまくしたてるように言った。その表情には精一杯私に何かを伝えようという気持ちが表れており、心に突き刺さった。これまでの状況についてよく理解していて、世の中の流れについてもきちんと把握している。やはり将来、自分も店をやりたいと思っていた話に嘘はなかったと改めて感じていた。
「矢島君、気持ちはよく分かったよ。ありがとう。今の話を聞けて良かったよ。その上で考えなければならないのは、俺たちは医者じゃないし、仮にそうでも個人の力だけではどうにもならない。でも、今、俺たちがやらなければならないのは、ここに通うお客様だけでなく、君も含め皆を守っていかなければならない、俺はそう思っているんだ。実際にできることと言えば、今やっていることぐらいかもしれないし、もう少し知恵を絞れば他に何か出てくるかもしれない。商売をやっていたら、今後も時代の流れでいろいろな壁にぶつかってくるだろうけど、それを乗り越えるように頑張ろう。今ここで沈んでいてもマイナスにしか働かない。ここは前向きに、できることを淡々とやっていこう。話したことで俺も元気をもらったよ。ありがとう」
私は本心からそう言った。何か問題が生じた時、そこで気持ちまで暗くなったら何も進ませない。事態を改善させるには絶対に強い心が必要だ。しかも同志がいれば心強い。美津子は妻として私を支えてくれているが、店では矢島がチーフとして頑張ってくれそうなので、朝のモヤモヤとして気分がここで吹き飛んだ。
「矢島君、他のアルバイトのスタッフにはいつも通りの感じで頼む。俺たちが萎んでいては威勢の良さがウリのこの仕事には合わないからな」
「はい、分かっています、店長。若い連中にはいつも通り気合を入れておきます」
矢島もこれまで思っていたことを吐き出してすっきりしたのか、明るい表情だった。やはり本音でぶつかると、良い結果になって戻ってくる。付き合いが浅い場合はなかなかそんなことはないだろうが、店での立場と将来の夢を持っているなら、それなりの考えもあるだろうし、だからこそ、しっかり話し合うことは大切なのだ。
今頃、美津子も2号店に着いている頃だろうが、どんな感じなのか気になった。家を出る時、私が矢島と話すというのは言っていなかったので、おそらく美津子はいつもの通りの感じなのだろうと勝手に思っていた。
それで夜、矢島と話したことを美津子にも伝え、2号店のスタッフの気持ちも高めてもらおうと考えた。