店はいつも通り、4時にオープンした。
これまで常連はオープンしてすぐに来店する人もいた。
しかし、最近はそういうケースは少なくなった。1時間経ってもチラホラという日もある。この日も15分過ぎても誰もいない。そのため、この時間は私とチーフの2人で店を回している。仕込みなどは終わっているので、私たちは手持無沙汰という感じだ。自然と先ほどの話の続きになった。もちろん、誰か来店があればすぐに仕事モードに移る体制にはなっているが、最近はどうも出足が悪い。
「今日も今一つだな」
思わず私が口にした言葉だ。矢島もその言葉をしっかり聞いている。
「そうですね。1日、大相撲が無観客で興行するそうじゃないですか。戦後初ということで相撲ファンの人はがっかりですよね。そんな感じが今のお客さんの流れにも影響しているですかね」
矢島なりの考えが口から出てきた。
「世の中がコロナのことで頭の中が一杯になれば、どうしても客足にも影響出るだろうな。でも、居酒屋は待ちの商売だから、なかなかこちらから仕掛ける、ということはできないしな。こんな状況じゃ経営にも影響が出てくる。まだ大丈夫だけど上手く収まってくれるのを待つしかないな」
「そうですね」
矢島も私の言葉に力なく相槌を打った。
30分ほどしてこの日初めての来店があった。常連の一人の相沢だ。もう会社も定年で辞めており、1週間に2~3日くらい来店している。
「いらっしゃいませ」
私はいつも通りの感じで挨拶した。こういう時、テンションが低ければせっかくのお客様に申し訳がない、という気持ちで一気に引き上げた。
「相変わらずの威勢だね。やっぱり居酒屋はこういう感じゃなくちゃ。最近はどこへ行ってもコロナ、コロナでまいっちゃうよ。俺なんか、もうすぐこの世からいなくなっちゃう年だから、精一杯楽しみたいよ」
相沢はいつもの調子で元気が良い。さっきまで矢島と話していた雰囲気を一気に変えてくれた。こういうところが元気が売りの居酒屋の良いところで、特に私の店は個人店だから、そういう特徴は出しやすい。以前、大手のチェーン店で働いていた時には、会社の方針もあり、私がイメージしている店づくりは今一つできなかった。
でも、自分で店を持ったらやりたいようにやれることが楽しく、それ自身が自分のやる気をさらに高めるという好循環が続いている。だからこそ、近くに大手のチェーンがあるにもかかわらず、それなりの業績を保てている。今来店した相沢も、そのような店の雰囲気が気に入り、常連になっているのだ。
相沢のオーダーはいつも通りチューハイにお新香だ。いつも最初はこの組み合わせで注文し、調子が上がってくると増えてくる。このオーダーであればすぐに出せるので、私はすぐに提供できた。
「おっ、ありがとう。・・・で、どうだい、商売は? 今日は俺が最初の客みたいだけど、やっぱり少なくなっているのかな?」
心配するような口調で相沢が私の顔を見ながら言った。
「まあ、多少はウチも影響はありますが、こういう商売には波がありますからね。大丈夫です。ありがとうございます」
常連に余計な心配をかけるわけにはいかない。私は何も問題ないような感じで返事した。