しばらく経つと少しずつ来客が増えてきた。
ただ、自分の気持ちが少々沈んでいるせいか、来店した客の顔も少し暗いように見える。それは自分の気持ちを投影してのことだと思いたいところがあり、そこからオーダーを取りながらつい会話に聞き耳を立てていた。
思えば、新型コロナウイルスの話がよく出てくるようになってからその傾向がある様な感じだ。ただ、もう1人の自分がそういうことは接客業としてはタブーであると言っている。その言葉もしっかり聞こえているのだが、どうしても耳がそちらに向いてしまうのだ。
「学校の休校やイベントの中止、世の中どうなるんだろう。ウチの会社もいろいろ影響を受けているけど、この先大丈夫かな?」
「先日営業部にいる同期に聞いたが、今なかなか厳しいらしい」
「厳しいって?」
「得意先に会えなかったり、商談そのものがキャンセルになったりと、このままではこれからの数字が見込めないかも、と言っていた」
「他の会社は知らないけど、俺たちの会社の場合、イベント関係のところと取引があるだろう。このまま延期や中止となったら、会社は大打撃だよな」
このような会話をしている人がいた。2人組で、同じ会社に勤めているようだ。これまでも何度か来店しているのは顔で分かるが、これまでは仕事のことまでは知らなかった。普通の客で、常連というほどでもない。当然、私との会話はオーダーの時くらいだ。
しかし、今は来店者も少ないし、聞き耳を立てているとこれまでは聞こえなかった世の中の景気の様子も聞こえてくる。
最近、この店も数字が厳しくなっていたが、社会全体にいろいろなしわ寄せがきていることを改めて肌で感じた気がした。
他のテーブルでの話も気になる。こちらは若い男女のグループだ。
「この前、行きたかったライブが中止になったよ。楽しみにしていたのに」
「何で?」
「コロナのせいだよ。イベントの自粛が言われているだろう。だから楽しみにしていた公演も無くなっちゃったんだ」
残念そうな感じで話しているが、仕事のことではない。
客観的に見ていると、いかにも会社員という人の場合、仕事のことが話の中心になっているが、若者同士のグループの場合、話題の中心は少し違うように思える。もちろん、若い人たちのグループでも会社のことを心配している話も耳にする。話の内容からは仕事を任されている人のように思えるが、それぞれの立場での話も結局は新型コロナウイルスが社会に及ぼしている影響がベースになっている。
開店前は矢島としっかり話し、頑張ろうという気になっていたが、こういう会話が自然に聞こえるようになっている今、私の気持ちが晴れる感じはしなくなっていた。