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緊急事態宣言発出 12

「正直に言っていいですか?」

 矢島は真剣な表情で私を見た。その眼はまっすぐに私を見据えており、言葉の通りの意識で返事が返ってくるものという期待が感じられた。

 ただ、その回答は私が思っているような良い方向の場合とは限らない。だから、私は矢島の第一声がとても気になった。矢島はちょっと呼吸を整えるような仕草をした後、口を開いた。

「俺は最近の店長の様子を見ていて考えていました。テレビを見ても連日暗い話ばかりだし、お客さんの数も減っている。ということは売り上げも落ちていますよね。チーフとしてやらせていただいている以上、お店の経営についても気になるので、その状況で店長の立場になって考えていたんです。その上で結論から言いますと、やっぱり俺、居酒屋をやりたいと思っています。確かに今は厳しいです。いつまでこんな感じが続くのか分かりませんよね。世の中のいろいろな行事も無くなっていき、心配な要素ばかり増えています。でも、それを乗り越えたらまたこれまでの日常が戻るじゃないですか。その時にお客さんが楽しめる場を作りたいんです」

 矢島は普段あまり感情を出すタイプではないが、このセリフは違っていた。心の中にあったものを思いっきり吐き出すような口調だったのだ。

 その言葉を聞き、私は何とも言えない嬉しい気持ちになった。同時に、こういう気持ちでいるなら、今日のミーティングは良いものなるはずだという思いが強くなった。

 こういう時、夜ならばお酒を飲みたい気持ちになるのだろうが、まだ昼間だし、これから2号店のメンバーがやってくる。今、酔うわけにはいかないし、第一今日の話はお酒を飲みながらというわけにはいかない。先日の場合、店を早仕舞してからのことだったのでお酒も出したが、今日はノンアルコールのみだ。でも、食べるものは自由で、この点は矢島も理解している。アルバイトのメンバーがどう思うか分からないが、この方針に変更はない。

 私は矢島の気持ちが分かったので、この後は砕けた話をしながら、他のメンバーを待っていた。

 美津子たちが到着する少し前、1号店のアルバイトのメンバー2人がやってきた。

「あれ、店長とチーフ、どうしたんですか? いつもと雰囲気違うし、第一、準備していないじゃないですか。これじゃお店、オープンできませんよ」

 心配げな感じでアルバイトの1人が言った。

「いや、良いんだよ。今日は2号店のメンバーも一緒に臨時ミーティングを行なう。突然決めたことなんで連絡できなかったんだ。悪かったね。それからアルバイト代は心配しないで良いよ。今日の分はそのまま出すから」

 私はみんなを気落ちさせないように言った。アルバイトのメンバーは時給制なので仕事がなければ給料はない。だから、今の話はとても嬉しく感じていたようだ。1号店のアルバイトの場合、先日の仕事終了後の経験があるので、給料のことをきちんとしていれば何も問題はなかった。

「良かったな、みんな。店長にちゃんとお礼を言えよ。それから今日はアルコールは無し。食べ物は大丈夫だけど、飲み物はノンアルコールだけ、ということになっている。分かった?」

 ちょっと残念そうな表情は見えたが、まんざらでもなさそうな感じだった。

 そうこうしているうちに2号店のメンバーがやってきた。


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