みんなは私たちの昔話を面白く聞いてくれた。でも、今日の目的はそこではない。あくまでも場を盛り上げるための話であり、一段落した後で話を進めることにした。
「じゃあ、そろそろメニューのことを話そうか。もちろん、女性陣だけでなく、男性陣からもどんどんアイデアを出してくれ」
再び場の雰囲気が変わったが、ある程度意識が高まった時のことだから、みんなの表情は全体に明るい。一連の話でやる気が出たのかもしれない。
最初にアイデアを出したのは1号店の男性アルバイトで、大学生の椎名だった。
「俺、男だけど女性を意識するなら、夜の居酒屋、という雰囲気を少しでも柔らかくするため、テーブルに花を飾ったらどうかな? もちろん、豪華に盛った感じではなく、1輪でいい。毎日変えればそれだけで雰囲気も変わるだろうし、経費もそんな掛からないと思うんで・・・。メニューのことではなくて済みません」
恐縮気味に話していたが、まさか男性から花を飾る、という話が出てくるとは思わなかった。
しかし、こういう流れは大変良いことだ。私はすかさずこのアイデアを採用することにした。
「いいね、椎名君。正直、君の口から花を飾るという話が出るとは思わなかったけれど、そういう話が聞きたかったんだ。ありがとう。そういう経費くらいはどうにでもなることだから、ランチ企画がスタートしたらすぐにやろう」
こういうことは即決が良い。大きいところだと上に企画を上げていくプロセスがあるが、私のところは個人経営のような店なのですぐに決済できる。そしてこういう環境が良いアイデアを生み出すことを知っている。案の定、柏木から料理のアイデアが出てきた。
「椎名さんに先を越された感じだけど、メニューのことは私が先にお話ししたいと思います」
こういう切り出しには良い意味でライバル心が感じられ、話に弾みがつきやすい。きちんとコントロールすることが必要だが、自分の意見が通ったということは一人一人にやる気を生み出す。そういう意味では良い流れになっているので、私はその話をしっかり聞こうと思った。
「一口に女性といってもそれぞれの好みがあるので、これが絶対ということではありませんが、どうしてもカロリーが気になる、という人は多いと思います。だから、メニュー表示にカロリーを記載してはどうでしょう。私、カロリー計算ができますので、メニューが決まればやります」
柏木は先ほどとは打って変わって自信を持って話した。
「そのアイデアもいいわね。今日の今日ということでは無理でしょうけど、メニューを事前に決めておけばあらかじめ計算できるからね」
美津子が賛意を示した。そう言えばということで、私も食事に行く時、店によってはそういう表示をしていたところがあったことを思い出した。その時のことを考えると、確かによくある居酒屋の雰囲気とは異なる店作りだった。
「具体的なメニューですが、やはり野菜を前面に出したほうが良いと思うんです。もちろん、食事はバランス良くというのが基本ではありますが、外食の場合、どうしても野菜不足を感じる女性が多いように思います。私もお休みの時の昼間はそういうメニューをいただくことが多いので、それがこの店でも出るようになったら、毎日ではないでしょうが通うと思います。その時は同じメニューだけでなく、日替わりがうれしいな」
柏木はすっかりお客目線で話しているが、実はこういう視点が欲しかったのだ。提供する側の思い込みで出すのも良いが、来店する人の気持ちになって、ということは重要だ。
では具体的なメニューというと、コスト計算もあるのでこの点は各自レシピを考え、2日後に再度ミーティングを行なうことにして、この日のメインの話は終わった。いつもよりもずいぶん早い終了時間になったが、約束通り時給は保証してあるので、各自家に帰って考えてくるということで解散した。