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緊急事態宣言発出 19

 3月26日、テレビを見ていると感染防止のための具体的な案が示された。「3密」を避ける、というものだ。

 具体的には「密閉」「密接」「密集」を避けるようにということになる。これは感染の経路を調査すると近距離で食事したり会話したりすることで飛沫感染が起こるので、それを避けるための具体的な方法として示された。

 私たちの店では新型コロナウイルスのことが話題になり始めたころからスタッフのマスク着用、店の入り口にアルコール消毒液を置き、来店客に手指の消毒をお願いしていた。

 しかし今回、飲食店も含め、「3密」の防ぐということが言われることで、その対応を考えなければならない。

 このことは店の定員を減らすことになり、ただでさえ少なくなっている客数をさらに減少させることにつながる。売り上げを考えると結構厳しいことになる。せっかくみんなでアイデアを出し、これから本格的にやっていこうと思っていた矢先、客数減少のための具体策を意識しなければならないことに気落ちした。

「美津子、これから厳しくなるね。『3密』を解消するといっても、具体的にウチの場合どうするかを考えなければならない。当然、それに対する経費も考えなければならないが、俺たちの店は構造上、窓がない。『密閉』対策としてはせいぜい入り口を開けるくらいしかない。そうなると冷暖房費がかさむし、場合によっては換気システムをきちんと導入しなければならないかもしれない。エアコンの機能に換気があるようだけど、その能力次第では買い替えも必要になるかもしれない。今の時期、そういう出費は痛いな」

 少々落胆気味に話した。声に張りがないのは自分でも分かっている。目線はテレビのほうを向いたままで、身体の中から力が抜けている自分が分かる。

「そうね、エアコンの件については業者に確認し、もし今のままで大丈夫なら買い替えのことは心配いらないじゃない。入口の開放で電気代が上がるは心配だけと・・・」

 私の心配に対して美津子が答えた。私が安堵するような回答ではなかったが、経費をかけないで済むような方法を考えなければならないと改めて自分に言い聞かせた。

「それで『密接』や『密集』だけど、これは椅子を間引いたりして対応するしかないな。あと、飛沫防止のための衝立のようなものも用意しなければならない。これはあまり経費が掛かりそうにないから、すぐに何か対応しよう。やっと先日、いろいろメニューを検討し、これからランチに力を入れようとしていた矢先の話だけど、俺たちの店から感染者を出したくないからな。来ていただいているお客様に安心していただくためにも、やれることはすぐにやろう」

 この時、私の気持ちの切り替えは自分でも驚くほど早かった。先日のミーティングからスタッフの思いが伝わり、その上で決まったことを全員で試行錯誤しながらやろうとしていることが、私の心の後ろ盾になっていたのだ。経営者として気落ちしているばかりでは何も進まないし、そんな感じではスタッフに申し訳ない、という気持ちが私を強くしていると思えるようになっていたのだ。

 気持ちが変わったなら後は実践だ。私たちはいつもよりも早く家を出て、店に行き、今考えたことを実行することにした。椅子の間引きならすぐにできるし、テーブルに置く衝立についてはまず取引業者に相談することにした。今朝のテレビで見たことなので、業者もそういう対応がすぐにできるとは思えないが、私たちがいろいろ店を回って商品を選ぶ時間はない。他の店でも相談するだろうし、こちらからリクエストを出せば仕事ということで業者も動いてくれるだろう。そういう連絡のため、ということも含め朝食が済み次第、家を出た。


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