「どうですか? 身体の状態」
美津子は今日の様子について尋ねた。最近のいろいろな出来事から、何かしらの違和感があったので、思わず質問したのだ。だが、具体的に頭が痛いとか、身体のどこかが凝っているような感じとか痛いということはない。それでも何かこれまでとは違う、ということだけは感じていたのだ。
奥田はいつものように足のほうから施術をしていたが、美津子の質問を聞いて背中のほうに施術個所を移動した。
すると、胃の裏側付近がかなり固くなっている。それでそこにアブローチしながら奥田が言った。
「胃の調子はどうですか?」
「特別何かも感じてはいません」
奥田から尋ねられても、胃が痛いとか食欲がないということは無い。だからその通りのことを答えた。
「そうですか。ではここで仰向けになっていただけますか?」
いつもならもう少しうつ伏せのまま施術が続くのだが、この日は流れが異なった。もちろん、その理由は美津子には分からない。だが、奥田に何か考えがあるのだろうということで姿勢を変えた。
その状態で奥田は腹部の調整を始めた。お腹全体をゆっくり右回りに動かすようにしたり、みぞおち付近からへその近くまでを呼吸に合わせてゆっくり押している。時々美津子は顔を歪めるが、奥田はその度に痛いかどうかを尋ねていた。その上でこの調整の意味とその時の反応についての説明を始めた。もちろん、手は動かしたままだ。
「今やっている調整は腹部の緊張を緩めたりすることを目的にしていますが、経絡で言う任脈というラインの調整も含みます。さっき、背中の調整をしていると胃の裏側がかなり張っていましたが、こういう場合、胃が疲れていることが多いんですよ。その理由は自律神経のアンバランスです。新型コロナの影響で今、いろいろなストレスを抱え、自律神経が乱れている人がいらっしゃいます。そういう時、このお腹の調整は大変効果的で、さっきお話しした任脈は自律神経の調整でよく用いられるんですよ。押した時、少し顔を歪められていましたが、ちょっと痛かったんじゃないですか?」
奥田の言葉にその通りという内容で返事したが、ここで私から頼まれていたことを思い出した。奥田の店に着くまでは覚えていたのだが、足の施術の際、とても心地良かったので、私から頼まれていたことをすっかり忘れていたのだ。
「先生、今、最近ストレスを抱えていらっしゃる方が多いとおっしゃいましたが、最近はそういう方がよくいらっしゃるんですか?」
美津子としては直接的に最近の来院者の数などを聞きたかったが、さすがにそれはできなかった。だから遠回しに尋ねてみたわけだが、奥田は何の疑念も抱かず素直に答えた。
「ええ、最近はストレスを感じるということでご相談される方は多いですよ。でも、やっぱりコロナの関係でしょうか、以前よりは来院される方は少なくなっています。これまでは特別問題はないけれど、リラクゼーション的な感じでお越しになっていらしたケースもありましたが、今は本気で体調改善を意識されている方が多くなっています。コロナ対策はしっかりやっているつもりですし、整体が対象とする身体の歪みからくる不調も辛いものですから、そういう方の場合はコロナを理由にお越しにならない、ということはありません。でも、私たちのように心身の好転のための施術ではなく、リラクゼーション目的で来院されることが多いお店は厳しいようですね。幸い、私は技術力にこだわり、整体で対応できる範囲であれば結果が出せるよういつも心がけていますので、そういうところがクライアントの方に評価していただいているかもしれません。有難いことです」
奥田は現状についてきちんと答えてくれた。技術力という下りは、私たちで言う味のことに重なる。美津子は私から聞いていた相沢の話を思い出していた。