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体調不安 9

 この日、私は店を休んだ。感染の疑いがある状態で店に出たら顰蹙ものだ。矢島も事情を知っているためその点は問題ないと思われるが、念のため出勤時間前に電話をした。美津子はこの時点でまだ家を出ていない。矢島との電話の様子を伝えたく、ちょっと待ってもらっていたのだ。

 電話した時、矢島はまだ起きたばかりだったようだが、話すことには問題ない。私は要点をまとめて話すことにした。

「昨日は申し訳ない。そしてありがとう。一晩ゆっくり寝たら、熱は下がったよ。おかげで身体はずいぶん楽になった。検査結果はまだ聞いていないが、出たらすぐに連絡する。もし感染していたらみんなも濃厚接触者と認定されるかもしれないし、その場合はまたいろいろ考えなければならない。俺も不安だけどみんなも同じだと思う。でも、陰性の可能性もあるので、そうであることを願って、今日は静かに待っている。店の事、大変だと思うけれど、お願いします」

 私は現状報告と共に店の切り盛りを託した。幸い、最近のミーティングなどを通じてみんなとの一体感が強くなっている感じがするので、同じ言葉でも通じ方の違いを感じていた。1号店は矢島に任せておけば大丈夫、という期待が私の心の中にあった。

「店長、今は身体を休めてください。いろいろあったので心身ともに疲れて、体調を壊したんですよ。最悪の場合でも俺が責任を持って店を守ります」

 矢島の心強い言葉を聞いて涙が出るほど嬉しかった。もし私がコロナに罹り、それが矢島や他のスタッフにまでうつしてしまったらという心配はあるが、こればかりは自分の力では何ともできない。今は運を天に任せ、陰性であることを願うだけだ。矢島との電話は短いものであったが、安心感を得るには十分であった。

 電話が終わった後、美津子に寝室に来てもらい、その様子を話した。

「矢島君、頑張ってくれそうだ。安心したよ。俺も早く治して、復帰しないと・・・」

「無理しなくていいわよ。今はそんなことより自分の身体のことだけを考えて。2号店にも中村君がいるから、ランチタイムの後、夜の部の準備の時にちょっと店を抜けて1号店に行ってみる。矢島君に私の方からもよくお願いしておく。私は会社の副社長という立場よ。社長の代わりが務まらないと意味がないわ。もしもの場合、あなたは隔離されるでしょうから余計にその意識で今からやっておかないといけないから、その予行演習って感じで頑張る。だからあなたも体調の回復に努めて。元気になったらちゃんと埋め合わせをしてもらうから大丈夫よ」

 美津子は努めて笑顔で私に言った。

 私はあまりこの部屋に長居させてはと思ったので、必要以上のことはしゃべらなかったが、美津子が自主的に1号店のことまで考えて動こうとしていることは有難かった。ますます動けない自分に悔しさもあるが、今、何もできない身であれこれと考えても仕方がない、と少し開き直りに似た気持ちも湧いてきた。

 確かに余計なことを考えるあまりそれがストレスになり、体調の回復に支障が出るようであれば余計みんなに迷惑をかけるので、今自分にできることは早く仕事に復帰するために身体を治すことだと思うようになっていった。


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