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回復 2

 私はリビングに移動し、美津子は少し遅れてお茶を持ってきた。何気なくテレビのスイッチを入れると、朝のワイドショーをやっていた。相変わらずコロナのことが中心に報道されていた。

「俺も感染していたらあの中の1人になっていたんだな」

 思わずポツンと言った。

「でも、陰性で良かったね。本当に良かった」

 美津子も改めて安堵した顔で言った。

「それで横になっていた時に考えたことなんだけど、改めて健康の大切さを知ったような気がした。結果的に普通の風邪だったようだけど、もしコロナだったら、最悪の場合、そのままみんなにも会えないまま死んでいたかもしれない。残されたみんなのことも心残りだし、仮に回復しても後遺症が残ったらと考えたら、このたった2日間がとても長く思えた。もちろん、眠っている時にはそんなことを考えることは無いが、起きている時はそんなことばかり考えていて、同じ時間でもとても長かった。体調が戻ったから言えるのかもしれないけれど、その最中は何を言っても仕方ないという思いもあったし、みんなに感染させてはいけない、という気持ちが強かった。だから家に戻り、そのまま休んでも良いのかとも思った。結果的にいろいろお世話してもらい、感謝している。ありがとう」

 私は深々と頭を下げた。

「そんなこと言わないで。夫婦でしょ。もし逆の立場だったら同じことしたでしょ。今は何ともなかったことで満足していれば良いのよ。でも、今回は大丈夫だったけれど、何時感染するか分からないから、これを契機に自分でできる対策をもっとしっかりやりましょう。それは自分たちだけでなく、お店のみんなやお客様に対しても同じ気持ちでやりましょう」

「そうだな。最近はいろいろストレスを感じることも多かったから、抵抗力も落ちていたかもしれない。やっぱり日頃の体調管理は大事だな。今回、つくづくそう思った。俺たちの仕事、みんなの心の癒しとか言ってやっているところがあるだろう。でも、やはりそれも体調が良い時のことで、やはり基本は肉体的に健康な時のことだなって考えた。身体が動かせない時は、やっぱりそっちのことに気が取られる。今回のケース、居酒屋というのは平時の仕事なのかなということも考えたよ」

 私は美津子とは目を合わせず、独白のような感じで話した。自分の心の中に対して話しているような感じもあったからだが、これまで居酒屋という仕事が自分の天職と思っていたが、その気持ちに少し亀裂が入ったような気がしていたのだ。身体を壊すということはこれまでの信条まで変化させる可能性があることを考えながらの言葉だった。もちろん、だからといって今は居酒屋が生業だし、早く現場に戻ってまたみんなと一緒に頑張りたい、という気持ちが強い。

「あなた、まだ病み上がりだから少し気弱になっているのよ。今日一日、まだ休んでいると良いわ。矢島君には私から連絡しておく。あっ、そうだ。熱が無いんだった奥田先生のところに行ってみれば。疲れた身体を施術してもらえば、もう少し元気になるかもよ。9時になったら電話するね」

 そういう会話をしばらく続けた後、時間になったので美津子は奥田のところに電話を入れた。午後1時なら空いているということだったが、この日はこれまでのように早い時間にお願いする必要はないので、空いている時間に予約した。


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