目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

回復 3

 約束の時間の5分前、私は奥田の整体院に着いた。

 いつものように奥田が出迎えてくれた。

「お疲れのようですね。今日、店はお休みですが?」

 奥田は私の顔色を見ながら言った。癒しの店だからクライアントの体調を観察するのは当たり前だろうが、こういうところから自然に問診に入るのはいつものパターンだ。小さなテーブルを間に介し、椅子が向かい合うようにして2脚あり、私たちはそこに座った。いつもの問診風景だが、この日はいつもの感じではなかった。それは私の体調が関係しているからだが、奥田の目にはそれがどう映っているのだろうと思っていた。

「実は昨日まで熱があって店も休んでいたんですよ。今、コロナが流行っているので保健所に連絡して病院を紹介してもらい、検査してもらったんですが、陰性でしたので一安心でした。もう平熱に戻っているんですが、今日まで休むことにして、いつもと違う時間を予約させていただいて、現場復帰の元気を取り戻そうと思っています」

 私はきちんと奥田の目を見て話した。

「その表情を拝見して、安心しました。目の奥に早く体調回復を望む気持ちが表れていますよ。私の整体術というのは何も強い刺激を加え、骨格を動かすだけでなく、東洋医学の身体観から身体を整えるという体系もありますので、今回の場合、その意識で対応させていただきます。もちろん、骨格に問題があるようなケースであればきちんとそれを矯正する、ということもありますが、いろいろな調整法がありますので、ケースによって技法を選択していますのでご安心ください。では、施術室のほうに移動していただけますか?」

 奥田はそう言って私を誘導した。

 ここからはいつもの施術の流れとして触診からスタートしたが、その手の動きは骨格の歪みを確認するといった感じではなく、身体の張りをチェックするような感じだった。

「先生、何かいつもと違うような触れ方のように思えるんですが・・・。あっ、すみません。ちゃんと意味があるんでしょうが、いつもと違うんでちょっと気になりました」

「良いんですよ。よく気付かれましたね。いつもは骨格のことも含めてチェックするんですが、今日は身体の虚実も診ているんです」

「虚実って何ですか?」

 聞いたことが無い言葉だったので、私はつい質問した。

「東洋医学の言葉なんですが、分かりやすく言うと気の状態を見ることになります。風船に例えると空気がパンパンに入っている時が実、逆に少なくて萎んでいる状態が虚です。どちらに傾きすぎても健康とは言えず、バランスが取れた状態が大切なので、実が強すぎる場合は抜き、虚の状態であれば補充する、といったイメージで施術することになります」

 初めて聞くことばかりだったが、では今の自分の状態は、ということが気になるのでその点について質問すると、虚という答えが返ってきた。

 不定期ではあるが何度もお世話になっているため、元気な時の状態は覚えているという。だからこそ、こういった虚実の状態についてもいつもと比較することで答えやすかったそうだ。

 施術が始まると、これまでの疲れが噴出したのか、すぐに眠ってしまった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?