1時間後、施術が終わった。体位を変える時に目が覚めるがすぐにまた眠ってしまうので、そんな時間が経ったという感じは無かった。
直後ということもあり、まだ身体が軽くなったとかいった明確な変化は感じられないが、最初の問診が行なわれたところに移動した。いつものようにお茶が出されたが、いつになく美味しく感じられた。
「先生、どんな感じでした?」
「イメージ的には風船に少し空気が入った、って感じですかね。ただ、一般的に虚の状態からの好転は少し時間がかかることが多いんです。雨宮さんの場合、風邪が原因で体力を使い、それが来院の前の状態だったということでしょうから、本来の状態から考えると、よくある虚の方の比べると回復は早いかもしれません。とは言っても、本当に元気な時と比べると今一つというところがあると思いますので、すぐにいつものようなことはおやめになったほうが良いと思います。少しずつ身体を慣らし、通常のペースに持っていってください。今の時期、ただでさえストレスがたまりやすい環境ですから、そういうことも見えないところで身体にダメージを与えます。今回、これまでの風邪の時よりも熱が出たのも、そういうことで基礎的なところが弱くなっていた部分が関係していたのかもしれませんね。ストレスというのは厄介で、いろいろなカタチで悪さをします。そういうことに気付いた方たちが私たちのところに通われているわけですが、こういうところは東洋医学で言う未病医学という概念で対応します。具合が悪くなってからでなく、元気な時にきちんとケアをし、良い状態を維持するという考え方になりますね。もちろん、運動器系のトラブルでご相談されることも多く、そういう場合は突発的なケースになります。ギックリ腰が典型ですが、身体の歪みを放っておいて腰に負荷をかけて突然激痛が襲った、というケースは結構多いですよ。そういう場合、もし普段からきちんと身体のメンテナンスをやっていれば、と思うこともよくあります」
この日、奥田はいつもよりも時間を取り、いろいろ話してくれた。私が来院した時はその後に仕事のためにすぐに失礼していたということもあったが、聞くと奥田の整体院の場合、本来は施術前後に少し時間を取り、カウンセリングを行なうことがあるらしい。もちろん、次の予約との関係もあるようだが、心身の好転を意識する体系ということなのでこのようなスタイルになるそうだ。
これまでなかったことなので奥田に時間を確認した上で、もう少し話を聞くことにした。
「先生、実は以前ギックリ腰をやったことがあるんです。独立前に勤めていた居酒屋でのことなんですが、棚から物を取ろうとした時、変な身体の使い方をしたようで、完全に良くなるまで1ヵ月近くかかりました。最初のころは身体が動かせなくて、病院で湿布や痛み止めをもらったんですがなかなか良くなりませんでした。おかけで2週間以上、まともに仕事ができず、みんなに迷惑をかけてしまいました。店に出るようになってもしばらくはそれまでのような動きができなくて、大変でした」
私は昔のことを話したが、奥田は黙ってそれを聞いていた。その上で、次のようなアドバイスをした。
「ギックリ腰に限らず、そういう可能性がある方の場合、普段からおへその周りを押したりすることで予防できたりすることがあるんですよ。もちろん、そのための条件もありますが、その方法はギックリ腰の時にとりあえずの自分でできる応急処置としても使えます。自分でやることですからそれですべてを解消させることは出来ないでしょうが、少しでも痛みが軽くなれば、ということでならやってみるだけの価値はあると思います。よろしければお教えしましょうか?」
私は良い話が聞けそうだと思い、二つ返事でお願いした。再び施術スペースに移動し、その方法を教わった。