次の日、私は店にいつもより早い時間に出勤した。昨日の施術が効いたようで、身体がとても軽い。これが奥田が話していた刺激の発酵作用ということなのか、ということを思いながら今の状態を感じていたが、先日までの精神的な落ち込みと身体の不調は何だったのか、といった感じだった。
私より少し遅れて矢島がやってきた。私が出勤していたので少し驚いていたが、安心した表情も見えた。
「おはようございます。すっかりいつもの元気な感じですね」
「ありがとう。留守して済まなかったね。矢島君がいてくれて助かったよ。で、どうだった? 俺がいなかった時の店の様子は?」
「はい、いつもと変わりませんでした。ただ、常連の相沢さん、店長の姿が見えないことを心配していました。今日もお越しになると思いますが、一言今回のことを話された方が良いでしょうね。ランチタイムの流れも分かっていたし、夜の部のシフトの子に昼からお願いできたので、人手も大丈夫でした。昼は短期決戦になりますので、どうしてもこの点を考えてしまいましたが、うまくいきました。おかげでお客様にご迷惑をかけることはありませんでした」
「そうか、良かった。矢島君に任せて正解だったよ。急だったので手配も大変だっただろうけど、結果オーライというところか」
ここまで話して私もやっと安心した。ということでもないが、この時間はランチタイムの仕込みがある。私はその準備のつもりで厨房に入ったが、確認すると大体準備できている。
「矢島君、今日の準備、ほぼできているようだけど・・・」
私は矢島に訊ねた。
「店長、実は昨日のうちにできるところまで仕込みをやっていたんです。今日、店長が出勤されることは副社長から昨日伺っていたんですが、少しでも当日の仕事量を減らしておこうと思って・・・」
矢島は出しゃばったことをやったのではと思ったようだが、私は逆にそこまでの気遣いを嬉しく思っていた。
「ありがとう、いろいろ気を遣ってくれて。でも、いつものつもりで来たのに何か肩透かしを食らったような感じだな。でもおかげで少し時間ができそうだね。15分程度は時間取れそうだから、休んだ時に考えたことを話しておくよ」
矢島は何か特別な話が出るのではと少し身構えたが、私としてはそういったことではなく、改めて健康の大切さを強く思ったということを言いたかった。確かに矢島は私よりも若いが、疲れは同じように感じるはずだし、その積み重ねが今度の私のようなことにつながらないか、ということが心配になったのだ。
これまで、ちょっとした風邪くらいはこれまでも引いていたし、すぐに治っていた。
でも今は、風邪のような症状でもコロナを疑わなくてはならないケースがある。今の風潮から考えて、今回の私のように陰性であっても余計な風評として広がっていく可能性がある、客商売の場合、これは致命的なことにつながるかもしれない。だからこそ、矢島にも身体に十分気を付け、今回の私のようなことにならないようにしてほしいと思ってからの事だった。