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回復 6

 残っていた仕込みが終わると、予定通り少し時間が取れる状態になった。私は矢島を広いテーブルのところに呼んだ。他のスタッフは夜の部まで休憩になるので外に出ている。いつもなら仕込みで忙しくしているところだが、少し話すくらいの時間が捻出できた。

「矢島君、改めてお礼を言うよ。頑張ってくれてありがとう。君がいてくれたおかげで何とか店の切り盛りができた。正直、自分の体調のことで精一杯だったところもあり、何もフォローできなくて済まなかった」

 私はここで深く頭を下げた。矢島はとんでもない、といった表情だったが、これはけじめだ。きちんと感謝の意と、事前の打ち合わせもなく丸投げしたことへの謝罪はしなければならない。そういう思いが私の行動になったのだ。

「店長、俺はチーフとしてこの店に立っています。まだ未熟ですが、少しでもこの店のためと思ってやっているつもりです。俺の仕事がきちんとできていないところがあるから具合が悪いにもかかわらず余計な心配をされたと思いますので、こちらこそ済みませんでした。でも、コロナでなくて良かったですね。さすがにもし感染されていたら、と思うと気が気ではなかったことも事実ですが、今は元気になって戻られたので安心しています。改めてお帰りなさいと言わせていただきます」

「ありがとう。それで矢島君、自分の体調はどう? 俺は今回のことで体調のことをしっかり考えるようになった。それはコロナのことだけでなく、健康一般の話だけど、俺がお世話になっている奥田先生の話では日常のストレスはいろいろな身体のトラブルの原因になるので普段から気を付けるようにというアドバイスをいただいている。今回のこと、熱は出たけれど普通の風邪だったようだし、薬が効いたようで次の日には熱も下がった。おかげさまで仕事復帰も早かったけれど、改めて奥田先生の言葉が身に染みて感じた。だからこそ、これからは店の仲間全員の健康に対する意識の向上も必要なのでは、といったことも考えている。俺たちの仕事、どうしても夜型になるし、体力勝負のところがある。だからこそ、余計に身体のことを気にしなければ、という思いなんだ」

 私は矢島の目を見て、一生懸命話したつもりだ。矢島は頷きながら聞いていた。そしておもむろに言った。

「俺たちのことまで心配いただき、ありがとうございます。まだ若い、といった思いからかあまり身体のことは考えていませんでしたが、今回、店長が体調を崩され、俺が店を任された時、生意気ですけど1号店については自分が支えなければという思いが出ました。もちろん、何か問題があればすぐに副社長にご相談するつもりでしたが、今回の状況ではとりあえず店の責任者になるので、随分気を張りました。それは良いんですが、逆に俺が体調を崩したり、それがもしコロナだったら風評被害につながるのでは、といったことも考えました。だから、健康管理のことについては、店長のことを反面教師として捉え、改めて体調のことを意識するようになりました。そこに今のお話ということで、何ができるかは今後のこととしても、基本的には大賛成です」

 矢島は力強く私の話に賛意を示してもらった。それが今後どのように具体化していくかは分からないが、方向性を話せたことを私は嬉しく思っていた。


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