美津子が奥田の施術を受けた2日後、矢島と中村は一緒に施術を受けることになった。時間やシフトの関係で店を空けることができる時間がたまたま重なったためだが、そのため施術担当は奥田ではなく、他のスタッフになった。
私たちも以前、たまたまスケジュールの関係で奥田以外のスタッフに施術してもらったことがあるが、院長の腕が確かなためか、奥田以外のスタッフの腕前も他店に比べれば確かで、受ける立場から言えばいずれも自分の店を持っても良いくらいだと美津子と話したことがある。だからこそ、2人で同時に予約した時、奥田以外の施術と伝えられてもそのままお願いすることになった。もちろん、そういうことも含め、矢島と中村には伝えてあるので何の問題もない。
その話をする時、私は矢島に、美津子は中村に整体術の施術を受けた経験の有無を尋ねたが、全く無いわけでもなかった。ただ、あまり効果を感じなかったので、その後で通うことは無かった、というのが話として共通していた。ならば奥田の店ならばどうだろうという思いもあり、2人にはお尻を叩くような感じで行ってもらった。
2人は駅前で待ち合わせ、一緒に入店した。
「いらっしゃいませ」
受付のスタッフが感じよく2人を迎えた。居酒屋の「いらっしゃいませ」とは異なった雰囲気に、言葉は同じでも矢島たちの耳には違った響きで聞こえていた。
「ご予約の矢島様と中村様ですね。こちらにお越しください」
矢島と中村はそれぞれ施術の担当者のところに案内された。施術ベッドの横にある2つの椅子に向かい合って座り、問診が行われた。ただ、2人とも具体的な問題点を感じているわけではない。私たちが健康管理の一環として言ってくるように言われただけなので、問診時に具体的な相談する内容を思いつかないような様子だった。一通りのことを聞かれた後、他は施術の際に必要であればお尋ねします、そして何かあったその時におっしゃってください、ということを告げられ、具体的な施術に入った。
ベッドにうつ伏せになると、最初に触診が行われるのは定番の手順だ。
その際、本人たちは何も感じていないようだが、2人とも腰の状態にちょっとした変位が指摘された。矢島の場合は骨盤、中村は腰椎という具合にそれぞれ異なるが、それが原因で出てくる症状は腰痛だ。
そしてそういう認識は異なる原因であっても同じような訴えになるものだが、施術する側としてはそういう情報をベースにそれぞれにぴったりの技法を用いて対応することになる。それが奥田の整体院の施術上の特徴になるが、以前私や美津子が通っていたところは、いずれの店も何を言っても同じ事しかやらず、それが奥田の店では異なった対応だった。そして、それによる効果の違いを実感したから通うことになった。それと同じことを矢島たちが感じることができるかどうかは分からないが、私と美津子はそれぞれの店で2人の感想を聞くのを楽しみにしていた。
所定の時間が経過した時、2人は待合室で顔を合わせた。
「何か良い顔しているね」
矢島が中村に言った。中村もすぐ同じような言葉を返した。それが2人ともおかしかったのが瞬間的に表情が崩れた。口角が上がり、さらに柔らかい表情になったのだ。
支払いについては美津子が行った時にすでに支払っていたので、2人はそのまま店を出た。
そして駅までの道すがら、施術の感想を言い合っていたが、お互い、以前受けた時と全然違っていた、という感想を述べていた。そのことで心身が軽くなったことを実感したようだが、私たちが言っていたことを自身の経験として感じていたのだ。