グンマ爺のおかげで、子グマは怯える村人たちから隔離されていたのだが、ある人物の登場で状況は変わり始めていた。
背の低い年老いた男は、クマ狩りが早々に終わったとの連絡を受けてやって来たのだった。
「おお、我が息子よ、良くやった。さすがはワシの息子だ。あの悪獣を倒しただけでなく、子グマまで捕らえて来るとは。今日は村を上げて、クマ鍋にするぞ」
それはロックの父親にして、この村の村長だった。
村長は血まみれのエリオットを一瞥した後、無事に帰って来た我が子の肩をつかみ、嬉しそうにそう言った。
ロックは慌ててそれを否定する。
「パパ、クマを倒したのは兄貴で、ボクじゃない」
「ああ、パパは分かっているぞ。グンマと三人で力を合わせて、倒したんだな。とどめはお前が刺して……」
「違う! そうじゃない。ボクは何も出来なかった。ただ、むやみに子グマを傷つけて、親グマの怒りを買っただけだ!」
「ロック……」
いつもは自分の言うことを聞く息子の反抗的な言葉に、村長は驚きを隠せなかった。
それでも、村長は自分の村をいけ好かないよそ者が救ったことが気に喰わなかった。
「そうか、お前は必死で戦って、記憶が混乱しているんだな。まあいい、グンマとお前は良く戦った。子グマを傷つけたということは、栄えある一番槍をお前が取ったということだな。よくやった」
「パパは何にも分かっていない!! 兄貴がいなければ、ボクはとっくに死んでた。あんな大きなクマに、こんな鎧なんて何の役にも立たなかった。だから、ボクの命の恩人をなかったように言うのは、いくらパパでも許さない!」
そう言うロックを見て、エリオットは驚いたと同時に嬉しかった。
それは自分の功績をロックが認めたからではない。
ロックが一人の男として成長したのを目の当たりにしたからだ。
今までは、村長である父親の言いなりで、自分のプライドばかり気にしていた男が、自分の信念で父親離れをしたからだ。
誰であれ、助けが必要な相手にエリオットは手を差し伸べる。結果がどうであれ。
だがしかし、その結果が良ければ、素直に嬉しいのだ。
ひとりの男として反発する息子にたじろぐ村長は、話を変えた。
「分かった、分かったよ、愛しい息子よ。だが、あの子グマの目を射抜き、捕まえたのは紛れもないお前の功績なのだろう。だったら、クマ鍋をするのに誰も文句は言わないだろう」
「あれは、兄貴のものだ。ボクがどうこうできる物じゃない」
「なんだ、あいつら、クマ肉を独り占めするつもりか? それとも、その一部をワシらに施して、イノシシの時のように恩を売るつもりか?」
村長は苦々しい顔でエリオットを睨みつけた。
しかし村長の言葉を聞いたグンマ爺が、疑問を投げかけた。
「村長、イノシシの時って、この前のあの肉か? あれは村長が儂らのために自腹を切って手に入れてくれたんじゃなかったのか?」
「あっ……うぉっほん、何のことだグンマ。あれは、いつもみんなが村のために頑張っているから慰労のためにワシが手にいれたものだ」
「本当か? 村長。あれはいつも行商人が持ってくる干し肉とは違い、絞めたての新鮮な肉だったから、不思議に思っていたんだ。アレだけの大きさとなると、村長には狩れないだろう」
本業の猟師であるグンマ爺は当然、その獲物の肉にも詳しい。
これ以上、ヘタなことを言われては困る村長は、話の矛先を変えた。
「あんたたち、あのクマをどうするつもりだ?」
椅子に座り、顔や手を洗っていたエリオットに聞いた。
イノシシ肉は裏取引としてエリオットが渡したものなので、エリオット自身もそこに触れる気はなかったが、村長の失言をごまかすために、こちらに話を振るのはあまりのも雑な行動だとあきれながらも、答えた。
「飼うつもりだが……」
「やっぱり、飼うの?」
絶句する村長の代わりにサラが声を上げた。
サラの頭の中では、幾通りかのクマ料理を思い浮かべていただけに、エリオットの言葉は衝撃的だった。
「ああ、あの子の親を殺したのは俺だ。だから、責任をもって育てたいんだ」
エリオットの真剣な言葉に、サラは反対をする気持ちを無くしていた。
エリオットにしか分からない何か譲れない物が、あの子グマを飼うという決断をしたのだろう。
「……わかったわ。ウチで面倒見ましょう。もう、家族が増える一方だわ」
「悪いな」
サラならばわかってくれると、根拠のない自信がエリオットにはあった。
しかし、そんな二人の決定に村長が納得するはずもなかった。
「何勝手なことを言っているんだ。クマを飼うだと! 冗談にもほどがある。クマなんて飼ってどうするつもりだ! 大体、クマなんぞ、飼えるわけが無いだろう。お前たちが喰われるのは良いが、村の者が襲われでもしたらどうするつもりだ!」
「そ、村長……」
村長が力説をしていると、村人の一人が村長の肩を叩いて呼んだ。
「なんじゃい、今大事な話をしているところなんだ、後にしろ」
「いや、でも、あれを見てください」
「うるさいな、何が……」
村長は仕方なく村人の言う方を見ると、言葉を失った。
そこには子グマは腹を見せて転がっており、その上には楽しそうに乗っているハンナの姿があった。その姿は、子グマとハンナがお互いに心を許し合った関係だと一目で見て取れた。
村長は村人の襟をつかむと殴りかからんばかりの勢いで口を開いた。
「なんだあれは!? 何がどうなっているんだ?」
「わかりませんよ。あの子が林檎を手に子グマの近くに来たかと思うと、あっという間にああなったんですよ。あれ、本当にクマですよね。犬だってもう少し警戒心を持ちますよ」
驚く村長たちをしり目に、サラはエリオットに聞いた。
「大丈夫なの? アレ」
「大丈夫だろう。本当に危なければハンナは近づかないだろうから」
エリオットはハンナに対する絶対的な信頼を置いているようにサラは感じる。普通であれば、子供が危険なことをしないように親が監視と注意をするのは当たり前なのに、親である自分よりも子供のハンナの方が信用できると言っているように聞こえて、違和感を覚える。
「でも、万が一何かあったら大変よ。あの子グマだって親を殺されて、恨みを覚えているかもしれないし……」
「それもそうだな。おーい、ハンナ、危ないからこっちにおいで」
エリオットの言葉に、子グマが反応する。
まるでハンナをかばうかのように立ち上がると、エリオットに向かって唸り声をあげてきた。
その声を聞いて村人は子グマから距離を取り、サラはハンナを助けようと駆けだそうとする。
しかし、ハンナはそんな大人たちの行動を気にすることなく、子グマの前に立つと言った。
「ダメよ、そんな声を出しちゃ。みんなが驚くでしょう」
ハンナの言葉にクマは唸り声をあげるのを止めて、母親に怒られた子供のようにしゅんとした。
「大丈夫よ。あなた、良い子だもの」
そう言ってハンナはクマに抱きつくと、先ほどと同じようにハンナに腹を見せてごろりと転がった。
その様子を見たエリオットは、極上の笑顔で村長に言った。
「と言うことで、あの子グマは今日からウチで飼うことにします」