こうしてサラの家には新しい家族が増えたのだった。
増えたのは良いのだが、問題があった。
子グマの居場所だ。
初めはペコと同じ牛舎に寝かせようとしたのだが、当然のようにペコが怯えてしまったし、ハンナと離れた子グマが不安がっているようだった。
そうだからといって家の中に入れるには、大きな問題がある。
仕方がないので、子グマ用の小屋を家の側に建てることにしたのだった。
建てる計画を立てたのは良いが、エリオットはまだ傷が癒えずベッドから出られずにいた。
サラが一人で建てるには大変である。
「それならボクにお任せを!」
その話を聞いたロックが小屋建設を請け負ったのだった。
しかし、力的にはサラとさほど変わらないロックがどうするつもりなのか心配をしていると、翌日、村人を連れてやって来た。
ロックの指示に従って小屋を建て始める村人たちを見て、一安心したサラは、まだベッドから出てこれないエリオットの昼食を持って部屋のドアをノックする。
「エリオット、私よ。入っても大丈夫?」
そう声をかけて、ドアの側でしばらく待っていたが、一向に返事が無い。
寝ているのだろうか?
エリオットにしては、昼まで寝ていることが珍しい。とはいえ、エリオットも人の子である。クマとの激闘の翌日、一日眠っていてもおかしくない。
「入るわよ」
サラは、寝ていたら起こさない程度の小声で言った後、そっとドアを開けた。
カーテンを閉めきった薄暗い部屋のベッドの上で、エリオットは眠っていた。
サラはそっと近づきベッドのサイドテーブルにトレーを置くと、エリオットの顔を見る。
目を閉じてもわかるまつ毛の長さ、日焼けした顔はほんのり赤く額に浮かぶ汗さえ、色っぽく見える。カーテンの隙間から漏れる光を浴びたエリオットに吸い込まれるように、サラは頬を触った。
「熱い!」
エリオットの頬が異常に熱かった。サラは、慌ててエリオットの額を触ると焼石のようだった。
サラは慌てて濡れタオルを持ってくると、エリオットの額に乗せた。
そして、布団に手を突っ込むと汗だくのシャツにぶつかる。
サラはコップに水を注ぐと、エリオットを起こした。
「エリオット、寝ているところ悪いんだけど、ちょっと起きて水を飲んで」
「ん……」
エリオットは苦しそうに体を起こすのをサラが助けると、うっすらと目を開けた。
「どうしたの、すごい熱じゃない。ほら、お水飲める?」
サラがコップを近づけると、エリオットはゆっくりと口を開いた。そこに水を流し込むが、上手に飲めず口から水がこぼれる。
それをタオルで拭き、何度か試してみたが、同じだった。
しかたなく、サラはまずその汗でびっしょり濡れた服を着替えさせることにした。
鍛え抜かれた筋肉に光る汗は湯気となり、甘い男性の匂いを部屋に充満させる。
サラは濡れタオルで拭き上げると良く乾いた服を着せると、また水を飲ませようとする。
しかし、結果は一緒だった。熱にうなされるエリオットには水を飲む力も無いようだった。
「困ったわね。こんなに汗をかいているのだから、せめて水だけでも飲まないと脱水症状になるわ。どうしたら……」
発熱で力なくぐったりしているエリオットを見て、サラは決意した。
「もう、赤ちゃん出来てるんだもの、一緒よね」
サラは口に水を含むと、エリオットの頬を両手で押さえて口づけをする。口移しで水を飲ませようとしているのだ。
すると、エリオットはゆっくりと水を飲み始めた。
ホッとしたサラは何度か同じ方法で水を飲ませると、エリオットを寝かした。
しかし、苦しそうにしているエリオットを見て、サラは心配になった。
このまま、熱が下がらず、死んでしまうのではないだろうか。
しかし、なぜ急にこんなにも具合が悪くなったのだろうか。ただの疲れとは明らかに違う。そうすると、昨日のクマ狩りで何か悪い物が入ったのだろうか。
サラは昨日巻いた太ももの包帯を外してみると、そこは明らかに異常な色をしていた。
「やっぱり、昨日の傷が原因だわ。でも、どうしたら……」
サラは困り果てた。ただ、頭を冷やすだけでいいのだろうか? 食事を取らないと元気にならないだろう。病気に対しての知識はその程度しかない。
サラは発酵令嬢であって、医者ではないのだから。
しかし、医者を呼ぼうにも、この村には医者はいない。
エリオットの体力を信じるしかない。
「はぁはぁはぁ」
しかし、エリオットの異常に苦しそうな姿を見て、心配になる。
このまま、死んでしまうのではないだろうか。
そんなことになったら、残されたハンナは……いや、エリオットの死を考えただけで、悲しみが胸の奥底から沸き上がる。
(死なないで、エリオット)
サラの涙がエリオットの傷口に落ちた時、サラの瞳にある物が映った。
「これって」