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第49話 発酵令嬢の力

 発酵令嬢として開花してから、サラは菌を見ることができるようになった。

 良い菌も悪い菌も。

 そして、エリオットの傷口から体中に回る悪い菌がサラには見えたのだった。


「これなら、私でも……」


 エリオットの病気の原因である細菌を見つけたサラは、カーテンを開けて光を部屋に取り込んだ後、布団をはがした。

 薄暗い部屋では、細菌の様子が良く見えない。


「寒いかもしれないけど、少しの間我慢してね」


 眠るエリオットにそうつぶやくと、サラは目を凝らした。

 エリオットの体の中にはびこる悪い細菌を見つけると、サラは両手をエリオットの身体にかざした。

 すると、サラの手がほんのり光り始め、その光は徐々に強くなり、今度はサラの全身から光始めた。そしてその光はエリオットの身体も包み始めた。

 発酵令嬢となって、色々な物を発酵させてきた。それと同時に、食べ物が腐らないように腐敗菌を排除して長持ちさせることもしてきた。だから、これはその応用だ。

 しかし、人間にこの力を使うのは初めてだ。それも病気で体力が落ちた相手に使うのは。


 怖い。


 それは初めて、この力を人に使う恐怖。そしてそれ以上に、愛する人を失う恐怖。


「エリオット、あなたは私が絶対に助けるわよ。だって、約束したもの。あなたに何かあれば今度は私が助けるって」


 サラの決意に光はますます輝きを増す。

 どのくらい、そうしていただろうか。

 エリオットの苦しそうの表情は収まり、うっすらと目を開けた。


「エリオット、大丈夫?」

「眩しい。光ってる。君が光の聖女様なのか?」

「ただの逆光よ。それより、もう少し寝ていて」


 まだ意識が朦朧としているエリオットをそっと寝かしつけて、サラは部屋を後にした。

 そして、自室のベッドに倒れ込むように横になった。

(疲れた。食べ物や堆肥に力を使うのとはわけが違うわね。緊張感と集中力が半端ないわ。でも、うまくいったようで良かった。でも……)

 サラはホッとしたのと同時に別の心配が生まれた。

(力を使っているのを見られたわよね。エリオットが熱にうなされた幻だと思ってくれればいいけれど……)

 サラが発酵令嬢だと知られれば、そしてその力がジェラール王子暗殺未遂に使われていたと知られれば……それがたとえ、意図せず、負の感情から来る力の暴走だとしても、エリオットとハンナにどう思われるだろうか。

 サラは一抹の不安を抱えながらも、力を行使した疲れによりいつの間にか深い眠りについたのだった。


~*~*~


「ママ、起きて。いつまでお昼寝しているの?」


 それは可愛らしいハンナの声だった。

(どのくらい眠っていたのだろうか?)

 サラは慌て起き上がった。


「ごめんなさい。すぐ起きるわね」


 そう言って、外の様子を見てサラはホッとした。太陽の加減からそれほど長くは寝ていないはずだ。


「プリンの小屋は順調?」

「今、ロックが頑張って作ってるよ」


 ハンナはあの子グマの名前をプリンと名付けた。ハンナの説明によると、クマは蜂蜜が好き。蜂蜜は甘い。甘くておいしいのはプリンだそうだ。

 母グマのクマの悪魔ブファスという名前から想像もつかない可愛らしい名前になったが、なぜか子グマの方も気に入った様子だった。


「そう、私はエリオットの様子を見てから行くから、ハンナちゃんは先に外に出てて」

「うん、分かった」


 そう言うとハンナは元気よく、外に飛び出して行った。

 そしてサラは、エリオット様子を見るために、そっとエリオットの部屋を覗いた。

 エリオットはベッドに横になったままだが、先ほどまでの苦しい様子はなかった。

 そしてそっとドアを閉めようとした時、エリオットに呼び止められた


「サラ」

「は、はい!」


 てっきり眠っているものだと思っていたエリオットに声をかけられて、思わず声のトーンがひとつ上がった。


「申し訳ないが、身体を起こすのを手伝ってくれないか? 水が飲みたいんだ」

「はい! よろこんで!」


 突然声をかけられた驚きと発酵令嬢だと知られたのではないかという不安で、サラは某店員のような返事をしてしまった。

 その様子を見て、エリオットは笑みを浮かべた。


「どうしたんだ、サラ。なんか緊張しているみたいだけど」

「そんなことないわよ。てっきり寝ているものだと思ったから驚いただけよ。それよりも具合はどう? さっき見た時はうなされていたみたいだけど」

「ああ、まだ熱は少しあるが、だいぶ良くなったよ」


 サラに上半身を起こされながら、エリオットは答えた。

 そして、水を飲んだ後、サイドデスクに置かれた食事を見ると、申し訳なさそうな顔をした。


「サラが看病してくれていたのか。ありがとう」

「病気なんだから、遠慮なく頼って。そうじゃないと、気が付くのが遅くなっちゃうから」

「すまない。昨日の夜、少し熱が出た時は、朝になれば熱が引いていると思ったんだ」

「病気はかかりはじめが大事なのよ。スープ飲める? 温め直してくるわ」


 そう言ってサラがトレーを持って部屋を出ようとした時、エリオットが呼び止めた。


「スープはそのままで良いから、もらおう」

「でも、冷たくなってるわよ」

「大丈夫だ。冷めたスープには慣れている。それよりも、君にそばにいて欲しい」


 エリオットにしては珍しく、弱気な言葉にサラの母性がきゅんとする。

 サラはベッドの横の椅子に座ると、スープを掬ったスプーンをエリオットの口に運ぶ。

 魚の揚げ物の時とは違い、エリオットは素直に口を開いた。

 スープを静かに飲み干すエリオット。

 そんな様子を見ながらサラはホッとした。

 エリオットに、力を使ったことを気づかれていない。そもそも、あの時のことを覚えてすらいないだろう。エリオットが元気になり、子グマのプリンの小屋が出来たら、これまで通り、三人と二匹で緩やかな生活になるだだろう。

 そんなサラの甘い考えはエリオットの一言で打ち砕かれた。


「なあ、サラ。君は何者なんだ?」

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