『なあ、サラ。君は何者なんだ?』とエリオットが言った。
これまで一緒に三人で暮らし、貴族のファーメン家の長女だという話はしている。王都を追放された経緯も。
それなのにこのタイミングで、エリオットが聞いてきた理由は一つしかない。
発酵令嬢だと言うことがバレてしまった。
しかし、それを安易に認めるわけにはいかない。
サラは、貴族時代に使っていた笑顔の仮面をかぶった。
「なにをいまさら言ってるの? おかしなエリオット。私はサラよ。元ファーメン家の長女の」
「……俺を助けてくれたことは感謝している。命の恩人のことをどうこうしようとは思っていない」
「……」
「君が何者なのか知りたいだけなんだ。あの光の力はなんなんだ?」
「光の力って、なんの事かしら?」
サラはあくまでシラを切り通す気でいた。今のこの生活を崩したくない。好きなことが出来て、好きな人たちと一緒にいる生活。サラが発酵令嬢だと知られてしまえば、二人は気味悪がるだろう。下手をしたらエリオットの病気をサラの力のせいだと勘違いするかもしれない。
そんなサラをエリオットはその美しい金色の瞳でジッと見ている。
「俺を信じてくれ」
発酵の力を言えたら、どれだけ気持ちが楽だろうか。隠れて力を使う必要も無くなる。
言いたい。
でも言えない。
しかし、エリオットの顔を見ていると自分の気持ちが、言って楽になりたいと、ぐらつく。
サラはなんとかその気持ちを押さえつけた。
そんなサラにエリオットの美しい顔が迫る。
その瞳は決して、『君のことを裏切らない』と強い意志を宿している。
そしてダメ押しの男らしい甘い声が、サラの脳天を貫く。
「サラ! 俺を信じてくれ」
「実は……」
サラが口を開きかけた時、家の外が急に騒がしくなった。
もしかしたらプリンが暴れているのかもしれない。
サラが慌てて部屋を出ようとすると、エリオットが呼び止めた。
「待ってくれ、サラ。話がまだ……」
「ごめんなさい、その話はまた後で」
できれば後からでもしたくないのだが、とりあえずこの場から去ることをサラは選んだ。
エリオットの声を振り払いながら、外に出たサラは、そこに居るはずのない人物を見かけた。
そこにはファーメン家の紋章をかたどった馬車から降りた女性がプリンの小屋作りを手伝いに来てくれた村人に囲まれていた。
透き通るような白い肌、煌めくサラサラの長い金髪、宝石のような青い瞳に長いまつげ、すっと通った高い鼻、サイネリアのようなぶっくりとしたピンクの唇。
小柄な身体には品の良いピンクドレスに身を包み、その全身から男性の、いや女性であっても庇護欲を搔き立てる、いうなれば超可愛らしい子猫のような女性はサラを見つけると、とことこと目の前まで来ると、スカートをくいっと持ち上げて、足を交差して頭を下げる貴族の挨拶カーテシーを気品高く行った。
そして、全ての人を惑わす笑顔を浮かべて、キビタキのような美しい声で言った。
「お久しぶりですわね、お姉様」
「どうしてこんなところにいるの? アリスちゃん」
名工が作った芸術品のような女性は、ファーメン家の白百合と言われるサラの妹、アリス・ファーメンだった。
王都の社交界の美しい華にして、今や豪商貴族ファーメン家の唯一の跡取り娘が王都を離れ、辺境のこの村にやって来たのだった。
そんな、貴族令嬢らしい貴族令嬢のアリスは、扇子で口元を隠しながら、楽しそうに笑っていた。
「ふふふ、おかしなお姉様ですね。唯一の愛しい家族に会いに来るのに理由が必要ですの? お姉様があまりにも帰って来ないので、ワタクシの方からお伺いしましたのよ」
「帰って来ないって……私は王都を追放されたのよ。王子の許しがなければ帰ることは出来ないの。まあ、今更帰る気もないけど……」
「あら、そうでしたの? それではワタクシが来たのは正解でしたわね。ところで、お姉様。ワタクシ、お姉様とお話をするのであれば、例えクジラのお腹な中でも楽しいのですが、長い間馬車を引いてくださった御者に休みを取らせたのですが」
久しぶりな貴族特有の言い回しに一瞬考えた末、サラは口を開いた。
「ロック、馬車を村の宿に案内してもらってもいいかしら? 村の皆さん、今日はありがとうございました。急な来客のため、続きは明日お願いします。ハンナちゃん、プリンとペコにご飯をあげてちょうだい」
サラは足早にみんなに指示を飛ばした後、長旅で疲れたのでさっさと家の中で休ませろと暗に言っているアリスを家に招き入れた。