「終わったわ」
空が白み始めたころ、サラはそう言うとエリオットの胸に倒れ込んだ。
エリオットはサラを抱きかかえると、本館に戻りアリスの部屋のベッドに寝かせた。
使用人にサラを寝かせることのできる場所を聞くと、アリスの部屋を案内されたのだ。サラの部屋は、しばらく使われていな上、自分たちが急にやって来て準備が間に合わないのだろう。
しかし、今はそんなことにかまっている場合ではない。
場所はどこでもいい。力を使い切ってしまったサラの身体が心配だ。それにサラはアリスの治療を終えたとはいえ、本当に治ったかどうかはエリオットには分からない。とりあえず、アリスにはハンナが付いているが、エリオットは一度、アリスの様子を見に戻ることにした。
「どうだ、ハンナ」
「だいぶ顔色は良くなったみたい」
「どうやら、熱も収まって来たようだな」
エリオットはアリスの額に手を当てて、熱を測った。
すると、アリスがゆっくりと目を開いた。
「……ん」
「体調はどうだ?」
「……エリー、サラは?」
「ああ、さっきベッドで眠ったとこだ」
「そう……体がすごく楽になってるわ」
「じゃあ、サラの治療が効いたんだな。だが、まだ体力は戻っていないだろう。もう少し眠っていろ。そのうち使用人が朝食を持ってくるだろうから」
「またお粥かしら。早くサラの料理が食べたいわ」
「そんなわがまま言えるようになっていれば、もう大丈夫だな。悪いが俺たちも少し休ませてもらうぞ」
「どうぞご勝手に」
アリスはそう言うと、布団を頭からかぶった。
アリスが元気になったのを見て気が抜けたのかウトウトし始めたハンナを抱っこしたエリオットが部屋を出ようとした時、アリスが声をかけた。
「エリー、ハンナ。お姉ちゃんを連れて来てくれてありがとう」
「いつも、そのくらい素直だったら可愛いのにな。それじゃあ、ゆっくり休めよ」
そう言って、エリオットは部屋を出て行った。
そして、ハンナを蝋人形のように眠るサラの隣に寝かせた後、使用人にアリスの世話を申し付けてソファーに横になると、あっという間に意識が遠くなった。
~*~*~
エリオットが鐘の音で目を覚ますと、自分自身が汗をかいていることに気がついた。どうやら嫌な夢を見たようだった。覚えていなくても、こういう時、見る夢は決まっていた。
母親が亡くなった時の夢だ。
エリオットはベッドでサラとハンナが仲良く眠っているのを確認し、窓の外を見た。
先ほどの鐘の音は正午を告げるものだ。
それを確認すると、エリオットは王都に帰って来た実感がわく。
サラと出会った村で時間は、太陽の傾きで大体測っていた。
しかし、王都では朝、昼、夕方に鐘を鳴らし、時刻を知らせる。
懐かしい。
そう感じながら、エリオットはアリスの様子を見に行くと、ベッドのサイドディスクには朝食を食べた後があり、食欲が戻ったことにホッとした。
静かに眠っていれば確かに美しい女性ではあるが、その本性を知っているため、エリオットはなぜか笑いが込み上げてきた。
そして、何となくエリオットは思った。
(俺はアリスが助かったこと自体を喜んでいるというよりも、アリスが助かったことによりサラが悲しまなかったことにホッとしているのではないだろうか? そして、もしかしたら自分が思っている以上に、俺はサラのことを大事に思っているのではないのだろうか?)
そんな疑問を胸に、アリスを起こさないように部屋を後にした。
次にエリオットは台所に行き、サラとハンナのための食事を使用人に頼み、エリオットは自らコーヒーをポットに入れて、サラたちが眠る部屋に戻る。
まだ二人は眠っている。
エリオットは窓際にある椅子に座り、コーヒーを飲みながら外を眺めた。
これからどうすべきか。
王道は、死体を一か所に集めて焼却処分。病にかかった者は一か所に集めて隔離し、これ以上の蔓延を防ぐ。死体があったところや可能なところは熱湯で消毒する。
エリオットは、これまでそのような基本的な手を打っていない貴族たちに怒りを覚える。
病が流行り始めた初期にこの処置を行っていれば、ここまで病は広がらなかったはずだ。
「どうせ、平民の病気だと放置していたのだろう。あの馬鹿どもが……」
エリオットはこのまま、隔離処置を行っても王都の人口は激減するだろう。
ハンナが光の聖女として覚醒すれば、この病すら吹き飛ばすことができるかもしれない。
しかし、覚醒することができたとしても、覚醒したての小さな女の子のハンナにこの大きな都市を救えるほどの力が発揮できるだろうか? できたとしても、その身体がもつだろうか?
ハンナ一人の命と王都数万人の命を天秤にかけた時、王都数万人を選ぶだろう。
ただ一人、ハンナのママを除いては。
エリオットは無邪気に眠るハンナを見て、自分自身に呟いた。
「俺にその決断ができるだろうか?」
力ある者は力ない者のためにその振るうべし。そのために、力と権力を与えられているのだから。
「他に手が無いのであれば仕方がない。いくらサラでも、あの力を使う以外、病を払う方法を知らないだろう。もしも知っていればアリスに使っているだろうからな」
エリオットは苦々しさとコーヒーの苦みを混ぜて腹に流し込んだ。