「なぜ引き留めるんだ」
エリオットはハンナを抱っこするアリスに尋ねた。サラがこれ以上の力を身に付けるのを良しとしないのであろうか?
それとも別の理由が?
「あ、すまない。女性の部屋に許可もなく入ろうとするのはマナー違反だな」
「なに言ってるのよ、エリー。普段は一緒に住んでいる上に、昨日はアリスの部屋に入ったんでしょう。それは問題なくて、なんでサラの部屋にだけはいるのにそんなに気を遣うのよ。そうじゃないのよ。サラの部屋は無いのよ」
「サラの部屋がない? 何を馬鹿なことを言っているんだ。ここはサラの生家だろう。アリスに部屋があるのにサラに部屋が無いと言う事は無いだろう」
「昔はあった……そう言うことでしょう、アリスちゃん」
エリオットの疑問にサラ自身が答えた。
二人が何を言っているか分からないエリオットは、自分にもわかるように説明を求めた。
すると、サラは言葉を続ける。
「私は王都を追放された身。私たちの両親にしたら、二度と王都に戻ることの無い娘のために部屋を残しておくのはもったいないと考えるわ。必要最低限の私の荷物はあの村に持って行ったの。だから、部屋に残っている私物は不要な物。そう判断して全て売ってしまったのでしょう。そうよね、アリスちゃん」
アリスは黙ってうなずいた。
「サラが大事にしていた料理の本とかも全部売っちゃったみたい」
「じゃあ、魔導書も売られてしまったのか?」
「それはわからないわ」
「それでサラの部屋だったところは、今はどうなっているんだ?」
「物置になっているわ」
その言葉を聞いて、エリオットは一瞬止まる。
普通であれば、追放されたとはいえ娘の帰りを待ち、部屋をそのままにしておくだろう。それなのに、私物を売り飛ばすだけでなく、物置にしてしまうなど、本当にあの両親は自分の子供のことを金儲けの道具にしか考えていないのだと、つくづく思い知らされ、エリオットはあきれ果てた。
「分かった。それで、どうする? サラ」
「どうするって?」
「もしかしたらその魔導書がまだ、サラの部屋に残っているかもしれない。だが物置になっている自分の部屋など見たくないだろう。サラが許可してくれるなら、俺一人でも探してくるが……」
「大丈夫よ。私の親よ。それくらいのことで今更驚きもしないわ。それに、エリオットは魔導書を見たことがないでしょう。私も行くわよ」
「ハンナも宝探しに行く!」
「じゃあ、みんなで探しに行きましょう」
そう言って三人が部屋を出ようとした時、アリスが言った。
「アリスも行く」
「忘れるなよ。今の君は病人なんだ。病人が気軽に部屋の外を出歩かない」
「エリーの意地悪!」
そう言ってアリスは布団に潜り込んでしまった。
こうしてサラに先導されて部屋の扉を開けた時、エリオットはあきれ果てた。
そこには、遠征が中止になって売れ残った武具が所狭しと、置かれていた。武具はかさばる。そうかといって外においておけば錆びて商品価値が下がってしまう。だから室内に保管しているのだろうが、普通であれば倉庫を借りて保管すればいいだけのことだ。サラの父親はその倉庫代をケチるために、ここを倉庫にしたようだ。
エリオットはそんな父親に怒りを覚えながら、サラに言った。
「サラ、ここの片づけは任せろ。それまでどこかで休んでいてくれ」
「何言っているのよ。ここは、私の家で、私の部屋よ。私が片付けるわよ。だから、エリオットは休んでいて。昨日もあまり休んでいないでしょう」
「そんなこと言ったらサラの方こそ、昨日あれだけ力を使ったんだ。休んでいろ」
「いいえ、エリオットの方こそ、ここに来るまで寝ずに馬を走らせてくれたんだから……」
「もーう! パパもママもイチャイチャしないの! パパはこの部屋の片づけ。ママはここ以外で本がありそうなところを探す! こんなことしている暇はないんでしょう」
たがいに相手を休ませようとして言い合おう二人にハンナが言った。
その言葉にサラとエリオットは我に返った。
「わかったわ。ここはお願いね、エリオット。私は書庫に行ってみる」
「任せておけ。そちらは任せた。ただ、無理をするなよ」
「大丈夫だよ、パパ。ママが無理しないように見張っておくから」
そう言ってサラとハンナは書庫に向かった。
一人残ったエリオットは、部屋を見てひとつため息をついて、武具を廊下に出し始めた。
一方、サラとハンナは書庫へと入った。そこは歴代のファーメン家の人々が集めた本が収められていた。それは半分以上、金儲けの指南書である。中には、投資目的で購入した希少本もある。魔導書はそんな希少本に紛れてファーメン家に入って来たのだろう。
サラはたまたま、それを見つけて自分の部屋に持って行った。だから、本来であれば魔導書は自分の部屋にあるはずだが、部屋を整理された時にここに戻されている可能性もある。
そんな書庫に入ってハンナが言った。
「ここから一冊の本を見つけるの?」
「そうよ」
「何冊くらいあるの?」
「ざっと五百冊以上あるわね」
一見すると小さな図書館。広い部屋の中央に閲覧用のテーブルと椅子があるだけで、それ以外は本が収められた棚が置かれている。
ぽかんと口を開けてハンナが本に圧倒されていると、サラは優しく言った。
「多いでしょう。ハンナちゃんは椅子に座っていていいわよ」
「ハンナも手伝う。だって、一人で本を読めるようになったんだから」
ハンナはサラから文字を教えてもらってから、毎日勉強をして、本を読んでいた。今では普通の本なら読めるようになっていた。
子供成長って早いわよね。アリスに勉強を教えていたときもそうだったとサラは思い出しながら思った。料理も一緒に作っており、包丁の使い方も上手になり、できる料理も増えてきた。ただでさえ、大人っぽい言動もおおいハンナである。
サラはハンナにも頼ることにした。
サラは魔導書の特徴を説明すると、ハンナに言った。
「棚の上の方は私が確認するから、ハンナちゃんは下の方をお願い」
「分かった。それで、マドウショを見つけたら、ママに言えばいいの?」
ハンナの言葉にサラはあることに気が付いた。
万が一、魔導書をハンナが読んだ場合、ハンナにも発酵の力が使えるようになるのだろうか? エリオットが読んだ場合は?
発酵の力は正しく使えば非常に有益だ。しかし、使い方を間違えると……
小さなハンナにその力を正しく使えるかは分からない。そして、力が暴走した結果、ハンナがトラウマを抱えてしまうかもしれない。
そう考えたサラは言った。
「そうね、それらしい本があったら決して開かずに私に教えてちょうだい」
「うん、わかった」