しばらくサラとハンナが書斎を漁っていると、エリオットがやって来た。
「エリオット。もう、片付けが終わったの?」
「まだだが、もうとっくに日が暮れているぞ」
「そうなの?」
サラはカーテンを開けて外を確認すると、あたりはすでに暗くなっていた。いつもの王都であれば、街明かりが煌々と光り輝いているはずだが、重々しい闇が広がっていた。それは人口が減り、物理的に明かりが減っているのもあるが、先の見えない病に怯える人々の不安が闇となって王都を包み込んでいるようだった。
それを見たサラは早く、この病を治す特効薬を見つけなければと決意した時、後ろでお腹が鳴る音聞こえた。
「あら、ハンナちゃん。お腹がすいちゃったのね」
「今日は、もう休んで明日から本格的に本を探そうか」
「……そうね」
エリオットの提案にサラは引っかかる気持ちがあったが、素直に従うことにした。
翌日、サラたちは元サラの自室と書斎を探したが、魔導書は見つからなかった。
「やはり、売られたんじゃないか?」
「でも、あの本って表紙のタイトルがかすれていたのよ。そんな本が売れるかしら?」
「表紙がかすれていただけで、中身は読めるんだろう。だったら売れるだろう」
「何を言っているのよ! 本の価値は表紙が四割、中身が五割、作者一割なのよ。いえ、表紙が半分って言ってもいいわ。よく考えてみて。エリオットが新しい本を読もうと思った時、まず何を見る?」
「表紙だな」
「そうでしょう。読者がまず見るのはタイトルを含めた表紙。そこが気に入ってからあらすじを読むわよね。それであらすじが気になったら本文を読むわよね。そして、内容が面白かったら、どんな人が書いたのか気になるでしょう。だからタイトルを含めた表紙が五割、あらすじを含めた本文が四割なのよ」
サラは強火の熱を込めてエリオットに説明する。
料理以外でこんなに熱弁を振るうサラにエリオットは気圧されながら答える。
「そ、そうか。それなら、まだこの屋敷にあるのだな。ちなみに、捨てられている可能性はないか?」
「あのケチなお父様が、表紙がかすれたくらいで本を捨てたりしません。口先で言いくるめて、売ったとしても」
相変わらず、妙なところで父親に信頼を置いているのだなと、エリオットは感心する。
しかし、サラがそう言うのならば、魔導書がこの世界から失われたと言う最悪の事態はなさそうだ。
三日かけて、書庫とサラの部屋であった物置を捜索したが、魔導書を見つけることは出来なかった。
「そうすると、売りに出されたのか?」
エリオットはため息をつきながら、一息をついた。
病気を装って暇を持て余しているアリスの相手をするために、ハンナは離れに行っている。
サラはエリオットの正面に座りながら言った。
「お父様が雑貨を売るのなら、出入り業者に任せているでしょうから、そこに行きましょう」
「しかし、いつ売りに出したか分からないが、まだ残っているか?」
「分からないわ。ただ、表紙の問題があるから、よほどもの好きじゃないと買わないと思うけど……怖いのは魔導書の価値を知らない業者が捨ててしまうことね」
「おい、それを先に言ってくれ。急ぐぞ。こうしている間にも人が死んでいるんだ」
慌てて立ち上がるエリオットをサラが制した。
「すでに使いの者を出しているわ。一年以内にファーメン家から買い取った本があれば、倍の値段で買い戻すと言う条件で」
「さすが、サラだな」
昨日の段階で、サラは使いの者を出していた。屋敷の中にあればよかったのだが、保険として使いを出していた。魔導書だけを買い取るとなると業者も渋るだろうと予想して、全て買い取ると提示したのだった。そうすれば、業者も少しでも売り上げを上げるため、本をかき集めるだろう。
サラはアリスから渡されていた本の利益を全て持って家を出た。
~*~*~
「それで、なんでハンナちゃんもついて来ているの?」
「だって、せっかく大きな街に来たんだから、ハンナもお出かけしたい」
ハンナたちは王都に着いてからまっすぐ屋敷にやって来た。アリスのことが心配だったためではある。そのため、街を散策する暇などなかった。
アリスの具合もすっかり良くなり、ハンナは暇を持て余していた。
「わかった。でも、そんなに面白いことはないかもよ。本を買いに行くだけだから」
「分かっている……それで、ここってどんな美味しいものがあるの?」
「もう、食いしん坊なんだから」
サラたちはそんな話をしながら歩いていた。
正直、サラはハンナを連れてきたくなかった。今の王都は死の街と言っていいほど、死臭で空気がよどんでおり、ハンナに病気が移る懸念もある。あちらこちらには物乞いが力なく座っており、サラがいたころの美しい王都とはかけ離れている。
そんな王都をしばらく歩き、サラたちは目的の雑貨屋へ到着した。