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第92話 雑貨屋前

 そこは雑貨屋と言っても、平民が入るような小さな店ではなかった。

 貴族向けの広い店内には品よく本や雑貨が並べられているが、実際にはバックヤードに表の三倍以上の品を置いているのだ。

 そんな雑貨屋にサラたちが入ろうとすると、ドアマンに止められた。


「この店は貴族専用だ。小汚い平民は帰れ」


 そう言ってドアマンはサラたちの服装を舐めるように値踏みした。

 サラたちは村から来たままの服装である。どう見ても、貴族ではない。それだけでなく、王都の平民にすら見えない。田舎から出て来た農民そのものだった。実際、サラはファーメンの姓を名乗ることは出来ない元貴族である。いまの身分は平民と言えば平民である。

 しかし、ここで引き下がることは出来ない。


「私たちはファーメン家の使いの者です。代理者証明書と代金です」


 サラはアリスに用意してもらった代理者証明書と大量の金貨が入った革袋を差し出す。

 ドアマンは代理者証明書を念入りに確認すると、急ににっこりと笑った。


「これは失礼しました。最近は王都も物騒になりましたので、ご了承ください。“大量の金貨が入っている”革袋はご自分でお持ちください」


 まるで誰かに聞かせるように後半大きな声で言った、ドアマンは店のドアを開いた。

 とりあえず、第一関門をクリアしてホッとするサラに何者かがぶつかった。


「大丈夫か、サラ」

「お金を取られた!」


 倒れたサラが言う通り、その手の中から革袋が消えていた。サラにぶつかった男が走り去るのを見つけた。

 あれなら追い付ける。

 エリオットはサラを安心させるように声をかけると、追いかけ始めた。


「任せろ!」


 追いかけるエリオットの背中を見て、サラはお金をエリオットに預けなかったことを後悔した。エリオットならば強奪される事は無かっただろう。サラは立ち上がると強盗犯とエリオットを追いかけようと三歩駆け出して、立ち止まった。ハンナをひとり残すことは出来ない。ここはハンナのことをみんな知っている村ではない。ハンナを置いて追いかけるわけにはなかった。

 サラは一度、ハンナを店の中で待ってもらおうと、振り向いた時、そこにはハンナはいなかった。


「ハンナちゃん!」


 サラは思わず叫んだ。もしかしたら、エリオットと同じように強盗犯を追いかけて行ったのかと思った。しかし、その方向にはハンナはいなかった。

 サラは一部始終を見ていたはずのドアマンに言った。


「私と一緒にいた女の子はどこに行ったの?」

「……わかりません」

「教えてくれれば、お礼をするわよ」

「男があちらの方向に連れ去りました」


 強盗犯が逃げたのと逆方向を指さした。

 誘拐された!?

 走り出そうとするサラの手をドアマンがつかんだ。


「お礼は?」

「さっきの男の人が強盗犯を捕まえたらそこから渡すわよ」

「そんな口約束は信用できない」

「……」


 ハンナに何か美味しい物でも買おうとポケットに入れていたお金を無造作につかんで、ドアマンに渡した。

 ドアマンが手を離すとサラは勢いよく駆けだした。

(失敗した。エリオットに強盗を追いかけてもらうべきじゃなかった。お金なんて、あとでどうとでもなる。そんなものよりもハンナの方が百倍大事だ)

 サラは必死で走る。ハンナの姿を求めて。

 息を切らせ、流れる汗も気にせず、ハンナの姿を探し走るサラは、その姿を見つけた。

 曲がり角を曲がった時、ハンナが馬車に乗せられそうになっているところだった。男がハンナの口を押えて抱きかかえている。その男の腕の中にいるハンナは、力一杯暴れていた。


「ハンナちゃん!」


 サラは力を振り絞って走り、ハンナを捕まえている男に体当たりをする。

 男は倒れて思わずハンナから手を放す。


「うちの子に何をするのよ!」


 体当たりした拍子に自身も倒れたサラは、立ち上がる前に叫んだ。

 男は素早く立ち上がると、サラを睨みつけた。


「うるせい! 田舎者のガキ一匹ぐらいでガタガタ言うな! こっちは主人と家族の命がかかっているんだ!」

「あなたの家族の命とハンナちゃんがどう関係するのよ」

「おまえなんかに教えられるか!」

「きゃ!」


 サラが男と言い争いをしていると、いつの間にか馬車から出て来た無精ひげの男がサラを捕まえていた。そして、無精ひげの男はサラの目の前の男に言った。


「面倒だ! その女も捕まえろ。そいつのでも効くかもしれない」

「分かった」


 男はサラを捕まえようと動くと、サラは抵抗する。そして、ハンナを捕まえている無精ひげの男に向かって叫ぶ。


「その子を話しなさい! お金が欲しいなら、いくらでもあげるから」

「うるせ! 金なんていらなんだよ」


 そう言ってもう一人の男はサラを殴った。サラの口から血がこぼれる。

 痛みのため動きが止まったサラを、男が羽交い締めをする。

 それでもサラの心は折れなかった。


「ハンナを離して!」


 サラは無精ひげの男を睨みつける。

(私の命に代えてでも、ハンナは守る)

 サラは決意と共にドロドロとした憎悪の感情が高まる。

 それはサラの発酵の力を、腐食の力にしてしまう負の感情。

 サラから悪い菌があふれる。

 その菌を、サラを拘束していた男がもろに受けた。


「う、なんだ、吐き気がする。急に頭痛も……」


 男は思わずサラの拘束を解いた。


「何してやがる、女を捕まえていろ」

「う、うぇー」


 男は吐き始めたのを見て、無精ひげの男もただ事ではないと感じ取り、ハンナの口を押えていた手を外し、ナイフを抜いた。


「く、来るな。このガキがどうなっても良いのか?」

「ハンナを離しなさい」


 サラはゆっくりと無精ひげの男に近寄る。負の菌を身にまといながら。


「ママ、ダメ!」


 そんなサラを止めたのは、捕まっているハンナだった。

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