食事を終えたエリオットたちは鍋やお皿を手分けしてキッチンに持って行く。
そんななか、ハンナが転んだ。
「きゃっ!」
「大丈夫?」
サラは倒れたハンナに駆け寄ると、ハンナに怪我がないか確認する。
幸い部屋中のため、怪我になるようなものは転がっていないため、ハンナに怪我など見られなかった。
「痛い所はない?」
「大丈夫、ごめんなさい。鍋敷き落としちゃった」
「いいのよ。鍋敷きくらい」
そう言って、サラは床に落ちた鍋敷きを見た。それは床に転がった拍子に、鍋敷きを包んでいた布がめくれ、布が隠そうとしていたものが姿を現した。
サラは恐る恐る布を外し、鍋敷きの真の姿を見た。
「あった! あったわ、エリオット」
「何があったんだ?」
カラになった鍋をキッチンに置いて戻って来ていたエリオットが、廊下から声をかけてきた。
サラは部屋から飛び出し、エリオットの元に走った。
「あったのよ。魔導書が! 鍋敷きにされていたのよ。まさか、本を鍋敷きにするなんて考えもしなかったわ。でも、ハンナちゃんが見つけてくれたのよ」
「なに! さすが、ハンナ! よくやった」
サラの後ろにくっついているハンナを抱き上げて、エリオットは喜びを爆発させた。
「パ、パパ。痛いよ」
「ごめん、ごめん。それで、サラ。その本には病気の対処方法は書いてあるのか?」
「ちょっと待って、一旦、部屋に戻って落ち着いてからにしましょう」
「そうだな……よし、後片付けは俺に任せろ。サラはアリスの部屋に戻って、魔導書を読み解いてくれ」
「わかったわ。じゃあ後片付けはお願いね。さあ、行きましょう。ハンナちゃん」
エリオットは急いで、キッチンに食器を持って行くと洗い始めた。
洗い物をしながら、エリオットは貴重な本をタイトルがかすれているだけで鍋敷きにしてしまう父親のケチさ加減に初めて感謝した。サラたちが言うように使えるものは何でも使うのだろう。例え血がつながった娘でさえ。
しかし、これで魔導書は見つかった。
あとはサラが言ったように、魔導書の中に病を治す方法が書いてあるかどうかだ。
……書いていない可能性を考えておいた方がいい。
最悪を想定して行動しろ。
父も家庭教師もそう、俺に叩きこんだ。
上に立つ者ならば楽天家になるな。悲観主義くらいでちょうどいい。その中で、最適解を見つけろと。
でも、弟は楽天家に育った。
母親の影響だろう。
だからこそ、お前はいつも最悪を考えろと言われた。
だからこそ、この国に危機に陥った時のために光の聖女を探せと命令された。見つけるまで帰って来るなとも。
今がその時かもしれない。
しかし、光の聖女はまだ、その力を開花していない。
ならば、どうするか?
「なにをするにしても、ハンナとサラは俺が守る。ついでにアリスも」
エリオットは、自分に言い聞かせるように声を出すと、サラたちが待つ部屋に足を向けた。
ノックをすると、アリスの声が控えめに答える。
エリオットはホットミルクを持って中に入ると、椅子に座って完全に本の世界に入り込んでいるサラ。その膝で眠っているハンナがいた。アリスはそんな二人を見守っていた。
「サ……」
「……」
サラに声をかけようとするとエリオットを、アリスは頭を横に振って止める。
アリスの落ち着いた様子を見ると、サラのその集中した姿は珍しく無いようだった。
仕方なく、ホットミルクをアリスに渡し、自身も椅子に腰かける。
真剣な顔で本と向き合うサラ。
その横顔は凛として高貴なたたずまいの中に、柔らかな母性を含んだ優しさを感じるのは時折、膝で眠るハンナに触れているからだろうか?
薪が弾ける音とともに、規則的な紙をめくる音。
炎の揺らめきが、部屋をそよぐ。
エリオットは飽きることなく、サラの横顔を見つめていた。
どのくらいの時間が経ったのかもわからない。
気が付くとアリスも自分のベッドで、すやすやと寝息を立てていた。
そして、その時がやって来た。
サラは静かに本を閉じると、大きく伸びをしてエリオットを向いた。
「え! いつからいたの?」
「いつからと言うと、かなり前からだな」
「いたのなら、声をかけてくれたらよかったのに……」
「集中してたから、邪魔をしてはいけないと思って……それで、どうだった? 病気を治す方法はその本に書かれていたか?」
エリオットは、眠っている二人を起こさないように、必死で声を抑えながらサラに尋ねた。
サラが『書いてあった』と言えばこの国は救われる。
『書いていなかった』と言えば、病を治す手がかりが潰えてしまう。
エリオットは自分に言い聞かせた。書いていなかったとしてもサラを責めるな。彼女はただの元貴族令嬢であって、決して医者ではない。そんな彼女に多くを期待してはいけない。例え、自分の感情がサラを頼っていたとしても。
エリオットは、じっとサラの言葉を待った。