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第96話 魔導書の薬

「書いてあったわよ」

「……本当か! 良かった」

「でも……本当にこれで治るのかは、私にはわからないわ」


 料理のことでは自信満々なサラも、病に対しては不安なのだろう。

 しかし、今はサラの言葉を信じるしかない。エリオットは、サラの背中を押す。


「サラ、その真偽ははっきりしない。それならば、まずは試してみよう。ダメで元々だ」

「そうね。魔導書に書いていることを信じてみましょう。今はこの方法に頼るしかないわね」


 エリオットの言葉に、サラは不安な表情とともに迷いも消えた。

 そんなサラを見て、エリオットはホッとする。


「よし、それで何か俺に手伝えることはあるか?」


 やる気になったサラは大きく深呼吸して、エリオットに言った。


「エリオット、明日、ミカンを買って来て。古い奴で良いから。いえ、青カビが生えた物を買って来てちょうだい」

「カビが生えたミカン? そんなものが病に効くのか? だったら、いくらでもあるぞ。青カビでミカンが発酵するのか?」

「そうじゃないのよ。本によると、青カビから出て来る物質が体の中の菌を殺すらしいの。だから青カビを増やして、その物質を取り出すのよ」


 サラが魔導書より知識を得た薬は抗生物質ペニシリンのことである。青カビから作られる殺菌剤。それを作ろうとしているのだった。

 それ今はエリオットに理解できるものでもなく、知識を得たサラでさえ、半信半疑である。

しかし、エリオットはサラの言うことならとむりやり納得する。


「サラが言っている内容は、まったく理解できないが、青カビが必要なんだな。わかった。明日、朝から準備する。それ以外に必要な物はあるか?」


 エリオットは紙とペンを準備する。

 サラは必要な物を次々と指示する。そして、最後にある物を準備するように言った。


「それと注射器を用意して、それもできるだけ多く」

「注射器だと……また、高価なものを……」


 注射器自体は存在する。しかし、その製造は職人芸なため、非常に高価で一部の医者しか持っていない。しかし、抗生物質は注射注入する。高価だとしても必要な物だ。


「お金ならアリスちゃんに言ってちょうだい。今の私はファーメン家のお金は動かせないけど、次期家長であるアリスちゃんならどうにかしてくれるはずよ」

「分かった。分かったが、金のことは気にするな。他は何かいるか?」

「私の部屋って、片付けてくれたままよね」

「ああ、武具は他の部屋に放り込んでやった」


 エリオットはそう言ってニヤリと笑った。

 半分嫌がらせでエリオットはサラの部屋にあった武具を、両親が使っていそうな部屋に移し替えたのだった。


「そう、じゃあ、薬の生成に私の部屋を使うから、道具はそこに運んでちょうだい」

「わかった。じゃあ、明日から薬作りだな」

「ええ、ちょっと不安だけどね」


 そう言ってサラは疲れた笑いを浮かべた。


~*~*~


 次の日の朝からサラは自分の部屋にこもった。

 エリオットは注射器以外の器具を運び込むと、しばらく家を空けると言ってどこかに行ってしまった。


「……暇ね」

「そうだね。でも、ママの薬ができるまで、お姉ちゃんはまだ、この部屋で病人のフリをしなくちゃいけなんだよ」


 ベッドの上で上半身を起こした状態でいるアリスの膝の上に座って、本を読んでいるハンナは諭す。

 サラから絶対に部屋に入ってはいけないと言われているハンナたちは、やることが無かった。

 本当は王都を見て回りたいハンナであったが、前回誘拐されかけたこともあり、大人しく屋敷内にいるしかなかった。


「ところで、ハンナちゃん」

「なに?」

「サラとエリーって、結婚するのかな?」

「そんなこと、ハンナに言われても、わかんないよ」

「そうよね、ハンナちゃんにはまだ早いか」

「だって、それってお互いの気持ちが大事じゃない。だからハンナやお姉ちゃんがいろいろ言ってもダメじゃないかな?」


 ハンナの大人な発言に、アリスは何も言えなかった。


「そ、そうだね……でも、サラは良いなー、ステキな人に出会えて」

「お姉ちゃんもパパのことが好きなの?」

「そうね、エリーのことは好きよ。でも、恋愛的な好きというよりも、人として好きかな? だからサラの旦那さんになってくれるのがいいわ。かっこいいお兄ちゃんや可愛い妹に憧れがあったし」


 仮面をかぶりすぎたため、アリスは白百合である自分のことを好きだと言う人を信用していない。だから、真のアリスの姿を知って、普通に接してくれるエリオットに対し、他の異性とは違った感情を持っている。しかし、それは恋愛感情かと言われれば、ちょっと違う気がする。

 そんなアリスに体重をかけながら、ハンナは言った。


「話で聞いた王子様はダメなの?」

「王子って、ジェラール王子? ダメよ、最悪。だって、サラのことを何もわからない人よ。あんな人から求婚されること自体、恥よ。それに、サラの婚約を破棄して、真実の愛を見つけたとか言って、マーガレットとか言う女に入れあげて、何でも言うことを聞く馬鹿王子に成り下がっているのよ」

「そんなにひどかったんだ。じゃあ、ママにとっては婚約破棄してもらって良かったんだね」

「結果的に言えば、そうだね。でもあの時は大変だったのよ」

「え! その話、聞きたい」


 ハンナは本を閉じて、アリスの話だけを聞く体勢になった。

 そうするとアリスは、ハンナのお腹に回している手をぎょっと引き寄せて当時のことを話し始めた。

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