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第97話 アリスの昔話

 アリスはサラとジェラール王子の婚約を歓迎していた。

 やっとサラのことを分かってくれる男性が現れたと……それも、この国の王子だと言うのだからこれ以上の好条件はない。

それは両親も同じ意見だった。相手が王子で良かったと言う一点において。

 サラはアリスにしていたように、ジェラール王子の影のように控えめに、必要最低限のみ表に出て来るようだった。

 だからジェラール王子が婚約破棄を発表した時、アリスには何が起こったのか理解が出来なかった。派手なマーガレットがジェラール王子の心をかすめ取ったと言う以外は。

 ジェラール王子暗殺未遂などと言われても理解が出来なかった。


 ただの婚約破棄ならば、ただ可哀想なサラが今まで通りの生活を送るだけだった。

 それなのに、暗殺未遂という国家転覆罪が適用されかねない罪状を言われたのだ。

 証拠はない。動機もない。

 しかし、第二王子の言葉を無視するわけにはいかなかった。

 アリスは全力でサラの無実を主張した。

 両親はファーメン家の関与を否定した。

 サラ側の人間の意見が二つに分かれているのだ。これでは勝てる戦いも勝てない。

 アリスはジェラール王子側と戦いながらも、背中から攻撃してくる両親とも戦った。

 白百合としての人脈をすべて使った。

 そして、戦って、戦って、戦った結果の落としどころが、サラの追放だった。


 その戦いで、アリスは思い知った。

 やはり、金は必要だ。

 両親は金の力でファーメン家の存続を勝ち取った。

 しかし、今のアリスには金を得る手段がなかった。

 ファーメン家の商売は両親が掌握しており、アリスが手を出す余地がなかった。

 そんな失望の日々の中、サラがよく読んでいた恋愛小説を思い出した。それと同時にサラが隠れて書いていた恋愛小説も思い出した。

 これを売る。売ったお金でサラを呼び戻す。最低でも、追放先でサラが生活に困らないように支援をしようと考えたのだった。

 そうして、やっとの思いでサラを尋ねた時、エリオット一緒に住んでいると聞いて警戒した。また、サラが男にいいように利用されているのではないだろうかと疑った。

 しかし、実際、話をして、接してみて、そうではないと分かって嬉しかった。

 どこだっていい、サラが幸せでさえいれば、その思いでアリスは王都に戻って来たのだった。

 張り詰めていた心の糸が緩んでいたのだろうか、サラの発酵食品を食べなくなったからだろうか。

 アリスは病に侵されたのだった。


 アリスが話を終えたころ、ハンナはアリスにもたれかかって眠っていた。


「ハンナちゃん、寝ちゃったのね」


 アリスはハンナを隣に寝かせ、窓の外を見ながらつぶやいた。


「サラを捨てた王都のために、あんなに頑張らなくていいのに」


~*~*~


 サラが抗生物質を生成している間、エリオットは注射器の確保に奔走していた。

 サラに話した貴族の息子のツテをはじめ、ありとあらゆる手を使い、注射器を集めた。それと同時に注射器が作れる職人のもとへも出向いた。

 数日、王都内を駆けずり回り、手に入れた注射器は二十本だけだった。

 新たな注射器の製造を依頼しているが、数日に一本が良いところだった。

 サラの希望に沿う数ではないと分かっている。しかし、それでもまずは手に入れた注射器をサラに届けに帰った。


「サラ、俺だ。注射器を持って来た。開けて良いか?」

「エリオット!? ちょっと待って」


 サラは少しすると、自らドアを開けて出てきた。その姿は少しやつれているようだったが、晴れやかな顔をしていた。


「ちょうど良かったわ」

「もしかして、出来たのか?」

「ええ、完成したわ。あとは、この薬を打って、実際に効くかを試さないと」

「そうか、じゃあ、病人を探してくる」


 エリオットがそう言った時、廊下の向こうからアリスの叫び声が響いた。


「サラ! ハンナちゃんが! ハンナちゃんが熱を出してる」

「何だって! どうしてハンナが」

「もしかして、雑貨屋に行った時にうつったのかも……」


 サラたちはアリスの部屋へ大急ぎで走った。

 そこには熱でうなされているハンナが、ベッドに横たわっていた。

 サラが駆け寄ると、ハンナは力なく目を開いた。


「ママ、お薬できた?」

「ハンナちゃん、大丈夫? ちょっと待ってて、今、菌を取り除いてあげるから」


 そう言ってサラは発酵令嬢の力を使おうとする。

 それをハンナが手を握って止める。


「ママの薬をハンナに打って……ハンナの身体でママの薬が効くってみんなに教えて」

「何言ってるのよ。あれはまだ効くか分からないのよ。私の力の方が確実よ」

「でも、ママ、お薬作るのに力使ってて、今、力を使うと倒れちゃうよ」

「でも……」


 確かにサラは抗生物質を作るのに、青カビを増殖させるのに力を使った。

 何度も何度も。

 人に使うよりは気が楽だったが、それでも体力は削られる。

 なんとか薬を完成させた喜びとハンナが病気にかかった焦りで体を持たせている状態だった。


「わかった」


 迷うサラの代わりにエリオットが返事をする。


「ハンナ、もう少し大丈夫か?」


 ハンナはコクリとうなずいた。

 そんなエリオットにサラが文句を言う。


「何を言っているのよ、エリオット。今すぐにでも処置しましょう」

「いや、医者や支援者をここに呼ぶ。そこでハンナに注射を打ってくれ」

「何を言っているのよ!」


 エリオットはサラを落ち着かせるように、その両肩をつかんでそのエメラルドグリーンの瞳を見つめた。


「俺たちだけでは、王都数万人の人は救えない。医者の協力が必要だ。そしてその医者を引き込むには支援者の協力も必要だ。安心しろ、注射器を集める時に話はしてある、すぐにでも集められる」

「でも……」

「お姉ちゃん! 早く決断して!」

「……分かったわ! エリオット、早く人を呼んできて! アリスちゃんはお湯を沸かして私の部屋に持って来てちょうだい。注射器を殺菌するわ」


 そう言ってサラはハンナを抱き上げて、サラの部屋に運んだ。

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