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第98話 エリオットの正体

 サラは煮沸消毒した注射器に抗生物質を注入する。

 これで、いつでもハンナに注射が打てる状態がそろった。

 エリオットが帰ってきた後、まず注射をしてみせる。そのあと、抗生物質の説明をする。

何よりハンナの身体が第一だ。

 濡れタオルを変えながら、エリオットを待つ。

 アリスは邪魔にならないように、隣の部屋で待機をしていた。

 どのくらい待っただろうか。

 部屋の外に複数の足音が聞こえて来た。

 エリオットが帰ってきた。

 これでハンナに薬を打てる。

 サラは立ち上がり、ドアを開けて出迎えようとした時、乱暴に開け放たれ、サラは尻餅をついた。


「え! どうして、あなたが!?」


 そこには予想していない人物がいた。

 サラを追放した張本人、ジェラール王子だった。


「この魔女め! こんなところで何をやっている!」


 サラは慌てて立ち上がると、美しいカーテシーをして頭を下げる。


「これはジェラール殿下、ごきげんうる……」

「殿下! カビから何やら怪しい薬を作っています! やはり魔女で間違いないです!」


 ジェラール王子と一緒に部屋に押し入った男たちが、数日かけて作った抗生物質を見つけて言った。


「よくやった! この少女の具合から、この魔女が王都の病気を作り出していることは間違いないな!」

「何を言っているの! それに触らないで!」

「うるさい! おい、その病の元は全部燃やせ! 念のため注射器も壊せ! 喜べ、これでこれ以上、病が増えることはなくなるぞ!」

「やめて!」

「うるさい! 魔女め!」


 ジェラール王子は男たちを阻止しようとするサラを殴りつけた。

 倒れたサラのすぐ横で、抗生物質は青カビごと火のついた暖炉に投げ入れられ、注射器は全て割られてしまった。

 これで、ハンナを救う手段がなくなってしまった。

 どうして……

 どうして、ジェラード王子がこのことを知っているの?

 サラのその疑問を解消するように、犯人が部屋にあらわれた。


「殿下、私が報告した通りだったでしょう。これで殿下はこの国の救世主です。次期国王になった暁には、お願いしますね」


 それはサラの父親だった。

 サラたちの行動を不審に思い、ジェラード王子に取り入るために、サラを売ったのだ。


「お父様!」

「悪魔に魂を売ったような女に、父親と呼ばれるいわれはない。この魔女め!」

「何を言っているよ、お父様! サラはハンナちゃんの病気を治そうとしたのよ! それなのに……」


 騒ぎを聞きつけたアリスが隣の部屋からやって来た。

 そのアリスを見て、ジェラール王子は同情のまなざしを向けた。


「ああ、可哀想な白百合よ。魔女の呪いにかけられているんだな。大丈夫! この僕がその呪いを解いてあげるから……さあ、彼女を向こうに連れて行け」


 ジェラード王子の指示で、アリスは男に連れて行かれてしまった。

 この場にサラの味方は誰もいない。

 サラはガラスの散らばった床を見ながら涙を流した。

(何のために私は薬を作っていたのだろうか? 自分たちのためなら、小さな女の子を殺そうとする市民のため? 人の話も聞かずに一方的に魔女とののしり、薬を捨てる貴族のため? ……もう、どうでも良い。こんな国なんてハンナ一人の価値もない。こんな国など滅んでしまえばいい)

サラの感情が深い深い闇の中に落ちて行く。

 それと同時に、サラの身体から負の菌があふれ出す。それは、誘拐犯の時にも出たものだった。


「うぅ、吐き気が……」


 体力のないサラの父親が、真っ先にうずくまった。

 ジェラード王子の取り巻きの男たちは何が起こったのか分からず、慌て始めた。

 そんな中、身に覚えのあるジェラール王子が男たちに指示をする。


「サラだ! サラが何か魔法を使っている! サラの首を刎ねろ!」

「し、しかし、国王陛下の面前で断罪するのではないですか?」

「かまわん! どちらにしろ、こいつは王族の赦しなく王都に踏み入れた時点で死罪は確定している。いま殺すも、あとで殺すも一緒だ! やれ!」

「わ、分かりました」


 サラは床を見たまま、ジェラール王子たちの話を聞いていた。聞いていたが、どうでも良かった。ハンナを失って、なんの生きる意味があるのだろうか?

 ハンナのいない世界を、ひとり生きる意味なんてない。

 早く、殺して……

 サラの願い通り、男は剣を振り下ろそうとする。


 ゴッン!


 その剣は振り下ろされること無く、男は壁まで吹き飛ばされた。

 サラが顔を上げると、そこには光り輝く金髪に日に焼けた健康的な小麦色の肌、いつもは優しいルビーの瞳は怒りで吊り上がっていた。


「貴様ら! ここで何をしている!」


 エリオットはサラを守るように、周りを威嚇しながら言った。

 サラの瞳は涙でゆがむエリオットが映っていた。


「大丈夫か? サラ」

「エリオット!」


 サラは思わず抱きつくと、エリオットは優しく受け入れてくれた。

 殴られた男は怒りをあらわにして言った。


「貴様! そこの凶悪犯をかばうなら、貴様も同罪だ!」

「サラの罪と言うのは何だ?」

「王族の赦しなく王都に立ち入ったことだ! これは死罪に値する!」

「そうなのか、ジェラ」


 エリオットはサラを抱きかかえたまま、ジェラール王子に言った。

 それを見た男は得意満面に言い放った。


「貴様! 殿下に対する不敬罪も追加になったぞ!」

「不敬なのはお前の方だ! ジェラ、俺の名前を言ってみろ!」

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