「エーリオ兄さん、なんで、こんな所に……光の聖女を探しに行っていたのでは?」
ジェラールは驚きを隠せないまま、エリオットのことをエーリオ兄さんと言った。
(ジェラール第二王子が兄と呼ぶと言うことは、エリオットってエーリオ第一王子なの! 前王妃の子で、めったなことでは表舞台に出ず、特にここ数年、全く噂を聞かずに生死さえ不明だったはず。ハンナちゃんを探す旅に出ていたのなら納得がいくわ)
混乱するサラを勇気づけるように笑いかけた後、エリオットは言葉を続けた。
「第一王子である俺が、サラの王都帰還を許可した。そもそも、サラは光の聖女であるこのハンナの導き手である。お前たち兵士がやすやすと触れて良い相手ではない! 下がれ!」
「しかし、兄さん、サラは怪しげな薬で、その光の聖女を抹殺しようと……」
「黙れ! この薬の生成は俺が許可した、流行り病の特効薬になるかもしれぬものだったんだぞ! お前こそが、この王都を滅亡させる災厄の神ペスートとして語り告げられるだろうよ」
「そ、そんな……いや、まだだ! 兄さんもサラも殺せば光の聖女は僕の物だ! みんな、やれ!」
「それは悪手ですよ、ジェラール殿下」
部屋の外から男性がジェラール王子を止める声が聞こえる。
全員が入口に注目すると、エリオットが男性の名前を呼んだ。
「よう、ユリアン、美味しい登場の仕方だな」
「お前ほどじゃないよ、エーリオ」
「サラ、奴が前に言っていた貴族の悪友ユリアンだ」
エリオットは抱きしめたままのサラに紹介した。
しかし、サラはその人物を知っていた。
慌ててサラはエリオットを振り払い、カーテシーで挨拶をする。
「ご無沙汰しております、カレンベルグ大公」
「なんだ、エーリオが言っていたサラというのは君だったのか」
サラとアリスは父親の勧めで、有力貴族には一通り会っているし、覚えている。その中でも大公となれば忘れるはずもなかった。
エリオットと同級生という若さで名門カレンベルグ家の家長になった男性は、エリオットが言っていたようなヤンチャな悪童には見えなかった。その真逆で落ち着いた大人の余裕さえ感じる。
そのユリアン・カレンベルグ大公は、ジェラール王子に向かって言った。
「ジェラード殿下、流石に何の罪状もないエーリオ殿下とサラ嬢をここで殺害することを私は見過ごせませんね」
「じょ、冗談だよ。冗談に決まっているじゃないか! そうだ、そんなことより、兄さんに不敬な態度を取ったその男を捕らえろ! 全てはその男のたくらみだ」
ジェラール王子の指示に従った男は、罪を押し付けられ捕縛された。
(全ての責任を他人に押し付けて、自分は逃げてしまう小さな男。婚約していた時から何ひとつ成長していない)
サラは憎しみを込めて、ジェラール王子のことをそう評価していた。
そしてそんなサラの気持ちなど気付かず、騒動が落ち着いたのを確認したカレンベルク大公は、後ろに控えている医者たちにも聞こえるように言った。
「それで、エーリオ殿下、これからはいかがされますか? 薬は燃やされ、貴重な注射器も全て壊されてしまった。日を改めますか?」
冷静に状況を確認するカレンベルク大公とは正反対に、サラがハンナの側に駆け寄った。
あれだけの騒動でも目を覚まさなかったハンナの手を取った。
その手は力なく、息も弱々しく今にも止まりそうだった。
「ハンナちゃん、ハンナちゃん、しっかりして!」
サラの言葉にも反応しないハンナ。
エリオットもハンアの手を握って名前を呼ぶ。
「ハンナ、しっかりしろ!」
「エリオット、そのまま呼びかけて!」
「お前、力を使う気か!?」
「私の命にかけてでも、ハンナちゃんは助けるわ」
そう言ってサラは発酵令嬢の力を使う。しかし、疲れのためか集中力が続かない。
それでも、力を振りしぼってサラは菌を取り除いていく。
(だめ、全然減らない。でも、少しずつでも、取り除かないと……ああ、目がかすむ。だめ、弱気になっちゃだめ)
サラは自分を鼓舞しながら必死で力を振るう。
しかし、サラも人の子、体力に限りはある。ついに、サラは膝をついた。
「少し休め、サラ」
「いいや、まだ大丈夫よ」
そう言って立ち上がったのは良いものの、ベッドに手を付いた。
それはちょうどハンナの可愛らしい顔が真下にあった。
いま、その顔は血の気が引いて、生気を感じられなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ハンナちゃん」
サラは力の足りない自分を責めた。
絶対助けると約束したのに……
「ママ……パパ」
ハンナがうっすらと目を開けた。
サラもエリオットもハンナの手をぎゅっと握った。
「ママ、パパ、ありがとう。ハンナ、楽しかったよ。本当のママの所に来るね」
「だめ! まだ行かないで!」
「ハンナ! 行くな」
サラはハンナの柔らかい頬に手を当てると、その熱がどんどん失われていくのが分かる。
ハンナが遠くに行ってしまう。
「だめよ、帰って来て! ねえ、お願い! ママを置いて行かないで!」
物言わぬハンナは『ごめんね』と言っているように、その瞳から一筋の涙がこぼれ落ち、サラの手に触れた。
その瞬間だった。
サラの手が朝日のような輝きを宿した。
その光はサラの身体を包み込む。
「なんだ、サラが光の聖女だったのか!? なぜ、僕と一緒にいる時にその力を発揮しなかったんだ! それならば、婚約破棄などしなかった。王位は僕の手にあったのに」
その場で呆然と成り行きを見ていたジェラール王子が悔しそうに言った。
(光の聖女が王位を継ぐ条件? エリオットはそんなことのためにハンナちゃんを……)
しかし、今はそれどころではない。
サラは突然沸き上がったその力をハンナに向ける。
すると、ハンナの体の中にあった病原菌は一瞬にして消えさった。それだけでなく、サラの光は爆発的に広がり、部屋を、屋敷を、王都を、そしてこの国全体を覆いつくした。
その光は流行り病を含むあらゆる病を癒し、サラの気を失うとともに消えてしまったのだった。
「光の聖女は、ハンナではなく、サラだったのか」
それが、サラが気を失う直前に聞いた、エリオットの言葉だった。