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第100話 逃げるサラ

 光の聖女。

 それは国が闇の雲に包まれる時、光の聖女は導き手により、その聖なる力を開花させ国を救う。

 王はその聖女の力を借り、平穏に国を治める。


 これが光の聖女の伝説のあらすじである。

 だれもそこに光の聖女の意志があるかどうかわからない。光の聖女には国を救う力を持っていると明言されている。しかし、光の聖女は本当に国を救いたかったのだろうか?

 エリオットもジェラールも私を光の聖女だと言った。でも、私が救いたかったのは、私が愛した人だけだった。

 それ以外の、私の愛する人を傷つける人などは滅びてしまえばいいとさえ思っていた。

 しかし、私の力は国を救ったのだろう。

 でも、愛する人を、かけがえのない小さな命を救えなかった。

 その力が開花するのが遅かった。

 遅すぎる力の開花に何の意味があるのだろうか?


 サラが目を覚ました時、あたりは暗かった。

 どうやら、ここはアリスが病気の時に使っていた離れのようだった。

 部屋には誰もいない。

 今は何時で、今日がいつかすら、分からない。

 ただ、自分はどうするべきか、サラはわかっていた。


 ここから逃げる。

 王都から、王族の元から逃げる。


 サラは、服を着替えると、部屋を、屋敷を、王都を出た。

 煌々と光る月はまるでサラを追いかけてきているようだった。


 捕まってはいけない。

 ジェラール王子に捕まれば、政治の道具に使われてしまう。


 捕まってはいけない。

 エリオットに捕まれば、ハンナを助けられなかったことを責められる。いや、エリオットが責めなくても、サラ自身が自分を許せなかった。


 サラは逃げた。

その足は、無意識にあの村を目指していた。

しかし、途中で思い直して、方向転換をした。

 あの村はエリオットが知っている。

どこでもいい。誰も知らないところに行きたい。

サラは一人で歩いた。

ハンナを思って、アリスを思って、そしてエリオットを思って歩く。

 歩いて、歩いて、空が白み始めたころ、街道を外れ森のひらけた場所に迷い込んでいた。

 すると、男の鋭い声が響く。


「そこに居るのは誰だ!」


 ふと、サラが顔を上げると、そこには十人以上の男たちがいた。

 野盗にしては身なりが良く、手入れの行き届いた鎧と武器を持っている。

軍隊? もしくは傭兵団?

しかし、今のサラにはどちらでも良かった。

 その男たちが、焚火に鍋をかけ、なにやら煮ているようだった。

 その朝食の支度をしている様子を見て、サラは自分が食事も水も取らず、夜通し歩き続けていたことに気が付いた。

 サラは、頭を下げた。


「申し訳ありません。お水を一杯いただけないでしょうか?」


 野営している男たちにとって、サラの姿は異様だった。

 特に装備も無く、着の身着のままの女性が一人、危険な夜の森にあらわれたのだ。

 男たちが警戒するのも無理はない。

 槍を構えた男は距離を取りながら威嚇する。


「何者だと聞いている!」

「私の名はサラと申します。道に迷ってしまって……」


 サラの言葉を聞いても、男たちの警戒は解けない。

 仕方なくサラは立ち去ろうと、会釈をして踵を返す。すると、疲れが一気に押し寄せ、眩暈とともに膝をついてしまった。

 どのくらい王都で眠っていたか分からないが、国を覆いつくすほどの力を使い、食事も水も飲まずに王都から離れた森まで歩いていたのだ。体力は限界を迎えていた。


「ちょっと待て!」


 サラは頭だけ回し、その声の主を見た。

 ウェーブのかかった赤い髪は後ろ手に縛られ、先ほどまでの夜のような漆黒の瞳、その頬には古い切り傷があった。

 サラはその男性を見て、群れからはぐれた狼のようだと感じた。

 その男性は手にある水筒をサラに差し出した。


「良いのですか?」

「良くなければ、渡さん」

「……ありがとうございます」

「ゆっくり飲め」


 男はサラが水を飲み終わるまで、待っていた。

 水を飲むと、自分がどれだけ乾いていたか実感する。

 赤毛の男は、サラが落ち着いたところで問いかけた。


「ところで、おまえはどこから来たんだ?」

「……王都からです」


 サラの言葉を聞いた男たちはざわついた。

 王都から離れたとはいえ、女の足で来れる距離である。馬や馬車であれば楽に来れる距離。ただ、街道から離れているだけだ。

 サラは男たちの反応を不思議に感じたが、赤毛の男の言葉に納得する。


「二日前、王都から発せられた光のことを、何か知っているか?」


 サラが放った発酵で発光の力のことを言っているのだろう。


「何か知っていることを教えてくれれば、食事を分けて良いぞ。あれは光の聖女の力なのか?」


 あの力を使ったサラのことを、エリオットは光の聖女だと言った。

 そうであれば、やはりあの力は光の聖女の力なのだろう。


「詳しくはわかりませんが、そのようです」

「……やはりそうか。ありがとう……おい、ピエール、彼女に食事を与えてやれ」

「分かりました、ローレル隊長」


 ローレルと呼ばれた赤髪の男は、サラの元を離れて他の男たちと何か話し合っていた。

 代わりに料理番らしい若い男が、野菜の入ったスープと発酵されていない平べったいパンを持って来た。


「ありがとうございます」


 サラはお礼を言ったあと、スープを口にする。

 塩だけで味付けされた薄いスープは決して美味しいとはいえない。パンも同様だった。

 しかし、今のサラの身体にはその食事でさえ染み入った。

 そんなサラの耳に、先ほどのピエールと呼ばれた若い男の声が届いた。


「しまった、豆が腐っている」


 どこか子犬に似ているピエールは藁に包まれた豆を見て、残念そうな声を上げて、森に捨てようとしていた。

 サラは慌てて立ち上がると、ピエールの元に駆け寄った。


「ちょっと待って! それを見せて」

「な、なんだ? いいけど、どうするんだ?」

「どうするも、こうするも食べるのよ」


 サラは半分奪い取るように手に入れた豆を見た。

 納豆菌が良い具合に繁殖しているが、腐敗菌などの身体に悪いものは見えなかった。

 光の聖女の力が開花したサラは今まで以上に菌がよく見えるようになっていた。

 だからこそ、サラは何の躊躇もなく、納豆を口に入れた。


「うん、良くできてる。こんなに上手にできた納豆を捨てるなんて、もったいないわよ」

「なっとう? なんだそれは? おまえ、良くこんな臭い豆を食べられるな。腹を壊しても知らないぞ」

「何を言っているのよ。お腹を壊すどころか、身体に良いんだから……まあ、臭いのは否定しないけど……でも、慣れると美味しいのよ。初めはネギとかカラシとか混ぜて慣らしていくのが良いわね」

「よくわからないが、欲しいなら持って行っていいぞ。どうせ捨てる物だ」


 そう言い放つピエールを叱る声があった。


「おい、ピエール、食べられるものを捨てるな」


 隊長のローレルだった。ローレルはサラたちの所に来ると、サラが持っている納豆を食べた。初めて食べる納豆を興味深く咀嚼すると、ピエールはサラを見た。


「おまえ、名前は?」

「サラと申します。ローレル隊長」

「俺のことはローレルでいい。サラは食材に詳しいか?」

「はい。食材にも詳しいですし、料理も得意です」


 キノコについては不安があったが、新たに魔導書の知識を得た上に聖女としての力が開花した今、キノコについても問題が無かった。

 自信満面のサラを見て、ローレルは二人を見た。


「……わかった。お前はピエールに料理を教えてやれ」

「え!? それって、どういうこと……」

「我々はベラルギー王国の者だ。我々のことを知られたからには、お前をこのまま帰すわけにはいかない」

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