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第101話 ベラルギー王国

 ベラルギー王国

 それは、サラたちがいるオーランド王国の隣国で、毎年秋過ぎに、収穫物を狙い軍事活動を仕掛けて来る。それに対抗すべく、オーランド王国も国境近くに遠征する。

しかし、今年のオーランド王国は疫病のため、遠征する余裕が無く武具の値崩れを起こし、サラの父が武具の在庫を抱えて大損をしたのだった。

 ベラルギー王国も疫病を恐れて、今年の侵攻はないと考えられていた。

 しかし、現にベラルギー王国の者が、オーランド王国の王都近くまで侵攻していたのだった。先遣隊なのかもしれないが、先遣隊がいることは、大規模な本隊が来ているだろう。

 そう判断したサラは、そのことを王都に伝えるべく走り出そうとしてローレルのたくましい腕に捕まった。


「離して!」

「離してもいいが、その時はお前の首が飛ぶことになるが良いか?」

「私の命なんてどうだって良い! 王都には私の大切な人がいるの! あなたたちになんて屈しないわ」


 暴れるサラを軽々抑えたローレルは笑った。


「ははは! 女の身で自分の命よりも国家を憂うか! 誇り高い騎士ではないか!」

「国なんてどうだって良いわ! 私は私が愛する人を守りたいだけ!」

「安心しろ、我々はこの国を攻め落とそうと、考えているわけじゃないんだ」

「本当に?」


 サラはローレルの言葉を聞いて、落ち着きを取り戻した。


「ああ、本当だ。そもそも、こんな人数で王都を落とせるはずがないだろう。詳しい話は、朝食をすませてからだ」

「それなら、ちょっと待って! ねえ、食材を見せてちょうだい」

「ローレル隊長……」

「見せてやれ、料理についてはサラの方が詳しいんだろう。教えてもらえ」

「……はい」


 ピエールは不満を表情から隠さず、サラに食材を見せた。

 干し肉に干し野菜など、乾燥させて日持ちがするばかりだった。

 その中からサラは干しシイタケを取り出した。


「スープにこれを入れてみて、本当は水に入れてしばらく置いておいた方が良いんだけど、スープをもう作っちゃっているから、今日は応急処置ね。あと干し肉も少し入れましょう。お肉自体を食べるわけじゃないから刻んで入れればいいわ」

「はぁ」


 ピエールはサラの言葉を信用していないようだった。


「大丈夫よ、これを入れて不味くなる事は無いし、万が一変わらなくてもそれほど食材を使わないから良いでしょう」

「まあ、そうだけれど」

「ほら、そう言っているうちに、味見をしてみて……」


 弱火で鍋を煮ていたサラは、小皿にスープを取り分けるとピエールに渡した。

 ピエールは口に含むと、シイタケと干し肉の出汁のうま味が口に広がった。


「……美味い」

「あら、あなた素直ね。じゃあ、みんなに取り分けてちょうだい」


 初めから、少し時間をかけて料理すればもっとおいしくできるのだが、今は仕方がない。

 しかし、その違いは他の男たちにも好評だった。


「おお、いつもと一味違うな。これは良い」

「いつもの塩味より美味い」


 美味しそうに食事をする男たちを見て、国は違っても美味しい物の前ではみんな一緒ね、とサラは思った。そうであれば、ベラルギー王国に行ってもいいかもしれないと考え始めた。

 このオーランド王国にいれば、いずれどちらかの王子に見つかってしまうかもしれない。

 そう考えたサラは、隊長であるローレルを探すと、男たちが食事をしている奥に座り、しかめっ面でスープを飲んでいた。

 サラは隣に腰かけると、にっこり笑って言った。


「どう? 少し加えただけで美味しくなるでしょう」

「ああ、そうだな」

「ところで、あなたたちは何のためにこんな所にいるの? さっき、食事が終わったら詳しい話をするって言っていたわよね」

「話はオレがするんじゃない。おまえがするんだ。先ほど、二日前の光は光の聖女によるものだと言っていたな」

「そう言う噂を聞いただけです。そもそもあんな光を出すのは伝説の聖女以外に考えられなくないですか? みんなそう言っていますよ」


 サラの言葉を聞いてローレルはますます苦い顔をする。


「お前は光の聖女が今どこにいるのか、知らないのか?」

「ええ、でも、今は王都にいないみたいです」

「……なぜ、居場所が知らないのに、王都にいないと言える?」

「そ、それは……」


 ローレルの追及に答えが浮かばなかった。

 だから、サラは話を逸らす。


「どうしてあなたたちは、光の聖女を探しているの? 光の聖女があなた方の国の脅威になるとは思えないけど」

「別に脅威とは感じていない」

「それでは何のために?」

「そんなことはお前に話す義理はない。そんなことより、先ほどのオレの質問に答えろ」


 ローレルは苛立ちを隠さず、サラに迫る。これ以上、答えを引き延ばすなら剣に手をかけかねない雰囲気だった。

 サラは諦めたように答える。


「実は私、光の聖女と知り合いなの」

「なに! それは本当か! それで、今、どこにいる。この場の出まかせだったらどうなるか分かっているだろうな!」


 ローレルはサラの肩をつかんだ。

 嘘ではない。ギリギリ、嘘ではない。サラは光の聖女自身なのだから。

 ローレルたちの目的が分からない以上、『光の聖女はここにいます』とは言えなかった。

しかし、オーランド王国のどこそこにいると嘘を教えれば、そこに迷惑をかけてしまう恐れがある。

 だから、サラは思わず言った。


「そ、そう言えば、彼女、ベラルギー王国に行くって言っていたわ。この国でやることは終わったから、隣国に行くって言っていたわよ」

「何! 本当か!」


 ローレルはその漆黒の瞳を輝かせた。

 誰も彼も光の聖女を求める。光の聖女本人の意思とは関係なく。

 エリオットも結局、王位継承のために光の聖女を探していただけだった。騎士見習いと身分を偽って。

 そして、このローレルも光の聖女を求めている。その理由が分からなければ、絶対に自分が光の聖女だとは言えない。


「サラ、お前は光の聖女の知り合いだと言ったな。では、当然顔を知っているな。光の聖女が見つかるまで、一緒に来てもらうぞ」

「分かったわ。でも、条件があるわ」


 サラの言葉にローレルは眉をひそめる。

 それはお前が条件を付けられる立場でないと言っているようだった。

 しかし、ローレルの言葉は違っていた。


「言ってみろ」

「まず、私の身の安全を保障して」

「ああ、当然だ。光の聖女が見つかるまでは、安全を保障してやる。それだけか?」

「それと私に自由に料理を作らせて」

「それはお前の仕事だ。ただし、毒を入れられないように必ずピエールと一緒に作れ」

「分かったわ。それと……」

「まだ、何かあるのか?」

「最後よ、最後。ベラルギー王国に着いたら、私に料理を研究する部屋をちょうだい」


 サラの真剣な瞳に、ローレルはその言葉が冗談でもなんでもないと感じた。


「分かった。しかし、それはお前の働き次第だ」


 こうして、サラはベラルギー王国へと行くことになった。

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