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第102話 アリスとエリオットの推理

 サラがローレルに出会った頃、ファーメン家では悲鳴が上がっていた。

 それは朝になって、サラの様子を見に行ったアリスの声だった。


「きゃー! サラがいない!」


 目を覚ましてトイレに行ったのかと思い、屋敷中のトイレを探した。二日も眠っていたため、さっぱりするためにお風呂に入っているのかと思い浴室も確認した。食堂も、地下の研究室も、屋敷の隅から隅まで探したが、見つかるはずもなかった。

 使用人にサラを見かけなかったか聞こうにも、数人の使用人しか雇っていない上、全て通いで来ているため、夜には誰もいなかった。

 屋敷中を探して、途方に暮れたアリスをエリオットが訪ねてきた。


「おはよう、アリス。サラの具合はどうだ?」


 サラが光の聖女として開花した後から、エリオットは王城に住んで第一王子としての業務をこなしていた。しかし、朝夕にはサラの様子を見るために、ファーメン家を訪れている。

 そのため、今までの騎士見習いの服装ではなく、第一王子にふさわしい、仕立ての良い服に身を包んだエリオットは挨拶もそこそこにアリスに訊ねる。

 アリスは美しいカーテシーで頭を下げる。


「ようこそ、いらっしゃいました。エーリオ殿下」

「どうだ? ファーメン家当主は慣れたか?」

「一日や二日では慣れるようなものではございませんわ。さあ、こちらに」


 アリスたちの両親は、ジェラール第二王子に対し虚偽の情報を流して流行り病の特効薬を破棄させたことの罪で投獄された。それはジェラール王子が自身の保身のためにやった事であるが、アリスもエリオットも止めることはしなかった。

 そのおかげでファーメン家の家督はアリスへと移った。本来ならば長女であるサラになるのだが、サラはまだ追放の身である。そのため、アリスがファーメン家の家長となったのだった。

 ファーメン家の家長になったアリスは、オーランド王国第一王子であるエーリオ殿下をサラの部屋に招き入れた。

 そこでエリオットは、空になっているサラのベッドを見たのだった。


「アリス、サラは目が覚めたのか? 今はどこにいる? 話をしたいんだ」

「エーリオ殿下、実は……」

「他に人がいない時には普段通りで良い。それよりもサラはどこにいる?」

「それが分からないのよ、エリー。屋敷中、どこを探してもいないのよ」

「どういうことだ?」

「昨日の夜まではこのベッドで眠っていたのよ。でも、朝、様子を見に来たらこの状態だったのよ」


 エリオットはベッドに手を入れて温度を確認した。

 サラがいなくなって、時間が経っている。

 次に洋服を確認すると、いつもの青いワンピースが無くなっていた。


「誘拐ではなさそうだな」

「どうして、そんなことが言えるの? ジェラール王子がサラを誘拐したかもしれないじゃない」

「それならば、服など持って行かないだろう。誘拐したあと、適当な服を着せればいいだけだからな。もしもジェラが誘拐犯なら、サラの服などいくらでも調達できるだろう。それなのに服がないと言うことは、サラ自身が服を着て出て行ったに違いない」


 エリオットは自らの推理を説明する。

 アリスはエリオットの推理に一定の理解しながらも、最大の疑問をぶつけた。


「サラが自分で服を着て、自分で出て行ったとして、どこに行ったのよ。夜中に」

「それは君の方が、心当たりがあるんじゃないか? 俺がサラの行きそうなところで知っているのは、一緒に住んでいたあの村の家くらいだ。王都内でサラが行きそうなところは知らないか?」

「サラが行きそうなところ?」


 アリスは腕組みして、サラが行きそうなところを考える。

 しかし、いつも家に居るイメージがあるサラしか思い浮かばなかった。

朝、目が覚めた時にサラは台所でふかふかのパンを焼いて、スープやサラダを用意していてくれた。そして、外から帰って来ると、タイミングを見計らったようにパイやクッキーを焼いて、笑顔で待ってくれている。


「あれ? サラってずっと家にいる?」

「村の時は農作業で畑には行っていたぞ」

「それはアリスも知っているけど、ここでは畑なんてないから……市場に買い物行ったとか?」

「夜中にか? サラだって夜中に市場が空いていないことくらい分かるだろう」

「そうよね。でも、そうするとどこに行ったのかしら?」

「そうか、アリスにも行き先に思い当たるところはないのか……まあいい、馬や馬車ならばサラを見かけた者もいるだろうし、歩きならばそれほど遠くに行っていないだろう。今ならサラの捜索に人も割けるからな」


 そう言いながら、サラを探す算段を始めたエリオットにサラが疑問を投げかけた。


「ねえ、エリー。あなたがサラを探すのは何のため?」

「何のためって、サラはこの国を救った光の聖女なんだぞ。サラには礼も言わなければならないし、光の聖女として報われないといけないだろう」


 エリオットは当たり前のように答える。

 しかし、それはアリスが望む答えではなかった。


「ねえ、それって、サラが光の聖女だから探すの? もしも、目覚めたサラに光の聖女としての力が無くなっていたらどうするの? あれだけの力を使ったのだもの、その可能性もあるわよね。目覚めたサラが力を失ったのに気がついて、エリオットに失望されたくなくて逃げ出したとしたら」

「力を失ったとしても、サラがこの国を救ったことに違いは無いだろう」

「結局、サラが光の聖女だからなのね!」


 エリオットの言葉に苛立ちが頂点に達したアリスが、思わず声を荒らげる。

 エリオットは、エリオットだけはサラを、サラ自身を見てくれる人だと思っていた。サラを好きだから、愛しているからサラを探すものだとアリスは思っていた、思いたかった。

 それなのにエリオットの口からは、聖女だからとか、国を救ったからだとか、そんな言葉ばかり出て来るものだから、アリスも怒ってしまった。

 そんなアリスを見て、エリオットにもアリスが言わんとするところはわかる。


「俺だってサラ自身のことが心配だ。あの村での生活は楽しかった。できればあそこでの生活がずっと続けば良いとさえ思った。俺が王族でなく、サラが光の聖女でなければな……でも、そうじゃないだろう。俺にもサラにもやるべきことがある」

「そんなもの、捨てちゃえば、いいじゃない! エリーが次期王にならなくても良いじゃない。サラだって光の聖女じゃなくったっていいじゃない。ジェラール王子に王位を譲って、二人は好きなように生きればいいじゃないの」


 アリスの言葉に、エリオットは悲し気な顔をする。


「俺は俺の役割を果たさなければならないんだ……どちらにしろ、サラを見つけ出す。あとのことは、サラと話して決める」


 そう言ってエリオットはファーメン家を出て行ったのだった。

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