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第103話 検問所

 サラがベラルギー王国との国境に着いたのはローレルと出会ってから数日後のことだった。

 国境には二つの検問所がある。オーランド王国側の検問所を越え、短い緩衝地帯を過ぎると、ベラルギー王国側の検問所に至る。

 ベラルギー王国の人間であるローレルたちにとって、問題はオーランド王国側の検問所を越えられるかどうかだった。

 その検問所対策を進める中、ピエールはサラに注意をする。


「我々は行商人としてこの国に入ってきているのですから、そのように振舞うようにしてください」


 オーランド王国の検問所まで半日になった時点で、ローレル隊は行商人と護衛隊の役に別れた。行商人が護衛隊の雇い主になるため、ローレルが行商人役をすればよいのだが、『こんな目つきの悪い行商人がいますか?』と副隊長に言われて護衛隊の隊長になった。

 そして、行商人役になったのは、幼さを残す顔立ちで戦闘傷のないピエールだった。

 そしてサラは、そのピエールの“姉さん女房”という役割が与えられた。

 鎧を脱ぎ、行商人が良く着るシャツとズボンに着替えたピエールに、サラは尋ねる。


「すみません、私の服はどこにありますか?」

「ありませんよ。ローレル隊に女性はいないんですから……でもその格好でも、行商人に見えますよ」

「そうじゃなくて……」


 万が一、二人の王子が関所にサラの情報を回していた場合、いつも着ていたこの服は非常にマズイ。顔を変えることもできないし、髪は元から短くしているため、これ以上切ることもできない。だから、変装として服ぐらい変えたかった。

 しかし、あまり強く変装用の服を要求することは出来なかった。理由を聞かれると、答えられないからだ。

『王族から追われているから』などと言えない。そんなことを言えば、面倒ごとを避けるためにサラは置いていかれるだろう。

 悩んでいるサラに、ローレルが声をかけた。


「それだったら、これでも羽織っていろ」


 そう言ってローレルは、自分のマントをサラにかぶせた。

 使い込まれたマントに包まれると、ローレルの匂いがする。

 男臭く、それでいて不快ではない。


「ありがとうございます」

「礼は良い。検問所での対応はピエールに任せて、じっとしてろ」

「分かった。旦那様の隣で大人しくしているわ。よろしくね、旦那様」

「だ、だんなさま……」


 余裕が出来たサラは、この数日、一緒に食事番をして仲良くなったピエールをからかう。

 女性に免疫のないピエールは、顔を真っ赤にして照れる。その姿は可愛い弟のようで増々からかいたくなる。

 しかし、ローレルの前でからかえるほど、サラの根性が座っていなかった。


「それじゃあ、頑張れよ。行商人の旦那」


 そう言って、ローレルは自分たちの準備に戻って行った。

 こうして、サラたちは行商人一行として検問所へ向かう。

 検問所はオーランド王国に入る入口とベラルギー王国へ向かう出口に分かれており、サラたちは出口の列に並んだ。

 そこには色々な物をベラルギー王国に輸出をしようとする行商人たちであふれていた。

 そんな中、ローレル隊は小麦と米を運ぶ商人に化けていた。化けてはいたのだが、積み荷は本物である。小麦と米を馬車一台ずつに山もりに乗せていた。

 偽装工作としてはかなりの量を買い込んでいる。今年のオーランド王国の小麦が豊作だったとはいえ、かなりの取引額だろう。


「ねえ、旦那様。この量は買いすぎだったんじゃないのですか?」

「そんなことはないよ。これくらいの量を取引しないと護衛隊の給料も払えないじゃないか」


 ピエールは護衛隊を雇っているのに、小規模の取引していること自体怪しまれると暗に言ってきた。この商隊はローレル隊の隠れ蓑であるから、ピエールはローレル隊を雇えるほどの商人でなければならなかった。

 サラはピエールの言葉に納得すると、順番が来るまで大人しく黙っていた。

 もう少しで、生まれ故郷のオーランド王国を出国してしまう。

 一度出国してしまえば、二度と戻らないかもしれない。

 それでもいい。

 いや、その方が良い。

 冷たくなったハンナを見たくなかった。

 ハンナを失って失意に沈むエリオットを見たくなかった。


「次!」


 思いに沈むサラは、検問の係員の声で我に返る。


「よろしくお願いします」


 サラは反射的に笑いかけると、係員はピエールから書類を受け取りながら、笑い返してきた。その係員の男は書類とピエールを見比べると、積み荷を確認し始めた。

 ローレル隊に緊張が走る。

 係員は積み荷の確認を終えて、御者台に座るピエールに話しかけた。


「この小麦はどこ産で?」

「小麦の産地……?」


 ピエールは想定していなかった質問に、逆に聞き返した。

 積み荷の種類や量を聞かれることは想定していたが、小麦の産地など聞かれると思っていなかった。なにか疑われているのだろうか?

 ピエールは正解を探して頭を巡らせていると、サラが横から答える。


「モンドレー産ですよ。今年は小麦の出来が良くて助かっています」


 ローレルからじっとしていろと言われたにもかかわらず、受け答えをするサラにいらだちを覚えながらも、ピエールは黙って係員の反応を見る。


「やっぱりそうですか。今年は粒も大きいし、豊作なんですよね。私の親父もモンドレーで小麦を作っているんで、今年は自信作だって言っていましたよ」


 係員は明るい笑顔になった。


「そうなのですね。商品として売るのもいいのですが、自分でパンを焼くのにも、やっぱりモンドレー産はひと味違いますもの。ですから、楽しみですわ。お父様によろしくお伝えください」


 そう言って、良質の小麦を使った料理を思い浮かべながら、サラはうっとりとしていると係員は書類をピエールに戻した。


「ありがとうございます。親父に手紙を書くときに、ステキな若奥様が親父の小麦を褒めていたと書いておきます。親父も喜ぶと思います。それでは、お気をつけて」


 そう言うと、サラたちは素直に検問所を通過したのだった。

 そして、ベラルギー王国の検問所では、先ほどとは別の書類を提出すると全くのチェックもなく悠々とベラルギー王国へと入国できたのだった。

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