「何を勝手なことをしているんですか!?」
ベラルギー王国に入ってから、気が抜けたと同時に先ほどの係員とのやり取りを思い出したピエールがサラに文句を言った。
「だって、小麦の産地を聞かれて困っていたから……」
「全く、たまたま産地を知っていたからよかったものを!」
反論するサラに、ローレルも近づいて来て注意をする。
しかし、当のサラは気にする様子もなく答える。
「後ろの小麦がモンドレー産かどうかなんて、私は知らないわよ」
「なっ! 何だって……それは適当なことを言ったのか!?」
「何を言っているのよ、あなたたち、オーランド王国のどこが小麦の名産地か知らないでしょう。オーランド王国の小麦の半数以上はモンドレー産なの。だから、そんなに低い賭けじゃないし、結構良質だから、モンドレー産で間違いないと思うのよ。今年は豊作って言っていたら、特にね」
そう言われて、ローレルもピエールも反論しようがなかった。
彼らはあくまで軍に属する物であり、農業に詳しくない。
しかし、軍属の長としてローレルは苦言を呈する。
「しかし、勝手な行動は慎め。お前は光の聖女を見つけるまでとはいえ、私の指揮下にいることを肝に銘じて置け」
「え!? 私ってただの協力者じゃなくて、ローレルさんの部下扱いですか?」
「その方がお前も都合が良いだろう。大体、この国に頼るツテは無いだろう。オレの部下であれば、給料も出せるし、宿舎も使える。ただし、その分、働いてもらうがな」
ローレルの言葉にサラは今の自分の状況を再確認する。
宿なし、金なし、ツテなし、職なし。
思わず笑ってしまいそうになるほど、無い無いづくしである。
ローレルの言う通り、指揮下に入ればローレルにサラの保護義務が生まれる。
しかし、ローレルの考えはそれだけではなかった。
「それにお前は光の聖女を見つける大事なカギだ。逃げられでもしたら大変だ。だから、おまえはオレの屋敷に住んでもらう」
ローレルは隊長と呼ばれているが、その隊の規模も地位もサラは知らない。知らないが、軍の隊長クラスになると屋敷が持てるのだと、素直に感心していた。
その屋敷を見るまでは。
検問所から二日ほど移動して、ベラルギー王国の王都に到着した。
オーランド王国と比べると、規模は小さかったが、活気にあふれた街並みにサラの心は踊った。
「これが潮のかおりなのね」
サラが口にしたように、ベラルギー王国の王都ブッセは海に面している。
そのため、ブッセでは漁がさかんだった。
ブッセに入ってから、ローレルとサラは馬車に乗り換えて移動していた。
「ここまで来るのに、あまり畑を見かけなかったから、この国の人ってどうやって暮らしているのかと思ったら、魚を捕って暮らしているのね」
「ああ、そうだ。内陸で肥沃な平地を持つオーランド王国と違い、この国は穀物が不足している。今回、光の聖女の情報収集とともに、小麦や米を買い付けたのは、偽装工作だけではなく、純粋に輸入をすると言う意味合いもあったのだ」
「その割には産地の一つも知らないのね」
「小麦は小麦だ。それ以上でもそれ以下でもないだろう」
そう言い切るローレルに料理好きのサラは噛みついた。
「ねえ、ローレルさん、あなた、料理をしたことがないでしょう。料理はその調理方法も大事ですが、そもそも材料が良くなければ美味し物は作れないのですよ」
「腹に入れば一緒だろう」
「何を言っているの? 質の悪い肉と質の良い肉、調理して美味しいのはどちらか分かるでしょう」
「まあ、そうだな。カビの生えた肉なんてどう料理したって一緒だろうからな」
ローレルは興味なさそうにそう言い切った。
それが、サラのスイッチを入れてしまうとは知らずに……
「ローレルさん、私は質の良し悪しを言っているのです。カビが生えている肉がマズイ? ちゃんと熟成させたお肉は新鮮なお肉とはまた、違った味わいがあるのです! 今度作ってあげますから食べてみてください!」
ローレルは、はじめて会った時の生気のない女性とは思えない、目をギラギラと輝かせ料理の話をするサラに気圧された。
「わかった、わかった。しかし、オレに味の良し悪しを求めるなよ。そう言うのには興味がない……それに、今はそれどころじゃないからな」
「興味がないとしても、美味しい物を食べるのは楽しいですよ……それで、何か問題でも抱えているのですか?」
「……お前には関係ないことだ。おい、着いたぞ」
そう言われてサラが見た先には大きな屋敷があった。
「え! ベラルギー王国の隊長さんってこんなにお金持ちなの?」
「そんなわけないだろう。おい、入るぞ」
そう言うと、馬車は門をくぐり、玄関横に止められた。
すると中から、執事とともに数人のメイドが出迎え、馬車のドアを開いた。
「帰りなさいませ、ローレンス殿下」
メイドたちは一糸乱れぬ声と動きでローレルを出迎えた。
それは昨日今日始めたものではないことはサラにも分かった。
それよりも……
「ローレルさん」
「なんだ?」
サラはローレルの後ろに続きながら、疑問を投げかける。
「もしかして、ローレルさんってローレンス王子なのですか?」
サラはベラルギー王国でローレンス殿下と呼ばれる人物を一人知っている。
ベラルギー王国の王には、四人の子息息女がいる。
その三男の名がローレンスである。
「王の子と言う意味ならば、そうだ」