ローレル、いやローレンス第三王子はサラに対して、自分が王子だと隠す気が無いように答えた。
その言葉に嘘がないことはこの状況からもわかった。そうなると、ひとつの疑問が浮かんだ。
「ローレンス殿下はなぜ、危険を冒してまでオーランド王国に潜入したのですか? 光の聖女を探すにしても、部下に任せればよかったじゃないですか?」
「普段なら、そうしても良かったのだが、聖女には個人的な頼みがあったからな……」
「個人的なお願い? それは何ですか?」
「……お前には関係ないことだ。それよりも、カーラ」
二人が話しているのを後ろで聞いている老婦人に話しかけた。
白髪交じりの黒髪をアップにまとめている女性が穏やかに応える。
「何でございましょうか?」
「こいつの世話を頼む」
「お客様でしょうか?」
「いや、協力者だが、オーランドからの移住者だ。だから、ローレル隊扱いにしている」
そう言うと、ローレンスは自分の部屋へと入って行った。
残されたサラはカーラに頭を下げて挨拶をする。
「サラと申します。得意な家事は料理です。よろしくお願いします」
「……まずは、着替えをしてください。この屋敷で働くと言うことであれば、ワタシの指示に従っていただきます」
「分かりました。よろしくお願いします」
与えられた部屋に入り、サラはメイド服に着替えると、屋敷を一通り案内された。
「ローレンス様の部屋とリーゼロッテ様の部屋、そして離れの部屋へは立ち寄らないように」
「リーゼロッテ様……王女様ですよね。ローレンス様と一緒に住んでいるのですね」
「……あなた、オーランド人のくせに良く知っているわね」
サラとしては貴族のたしなみとして、隣国の王族の名前くらいは憶えているのが普通だと思っているが、今はただの平民のふりをしていたのを思い出した。
サラはあわてて、取り繕った。
「リーゼロッテ様はベラルギー国の牡丹(ピオニー)と呼ばれていて、オーランドでも有名ですもの」
その言葉にカーラは、サラをギロリと睨んだ。
嘘がバレたと思ったサラは、他の言い訳を探していると、カーラが口を開いた。
「あら、オーランド人も分かっているじゃない。そう、リーゼロッテ様は美しいのよ。オーランドにも白百合と言われる令嬢がいるみたいですけど、リーゼロッテ様はその立ち振る舞いにも華があって美しく、決して劣ったりしないわよ」
「そうなのですね。ぜひとも一目で良いから見てみたいですわね」
「……それは難しいわね」
先ほどまで自慢げにリーゼロッテの話をしていたカーラは、悲しそうな表情を浮かべる。
いくら王女とはいえ、屋敷の使用人にも顔を見せずに生活することは不可能だろう。
それを難しいと言うには何か理由があるのだろうか?
しかし、カーラの表情から、あまり深く聞かない方が良いとサラは判断した。
「そうですか、残念ですね。それでは私は何をすればいいですか?」
「貴方は料理が得意なのよね。それなら、何か作ってもらおうかしら」
「分かりました」
サラはお得意のしっかり発酵させたふかふかのパン、そしてタラとトマトとジャガイモのチーズ焼き、そして魚介類たっぷりのスープを作った。
チーズはオーランド王国で手に入れていたミルクを移動中に発酵させていたのだった。
カーラは、サラの料理を初めて見た人が取るリアクションを取った。
「何なのこの綿のようなパンは、それにこの伸びる不思議な食べ物はなに? 不思議だけどおいしいわね。もしかしてこれってローレンス様も食べられたの?」
「ええ、ここまで来る道中に食事係をしていましたから……」
「……そう、そうなのね。じゃあ、貴方を食事係に推薦するのも分かるわ……いいわ。今日からあなたも料理係になってちょうだい。そして、このオーランド料理を他のメイドにも教えてちょうだい」
「え!? これはオーランド料理ってわけじゃないですけど」
「そうなの? まあ、なんだって良いわ」
こうしてサラはローレルの屋敷の料理係になったのだった。
そして、ローレルはサラとの約束を守ったのだった。
メイドとしては異例の個室である。
それも、ベッドと机があるだけの小さな個室ではなく、ちゃんと広い部屋だった。
『どうせ部屋は余っているから好きに使え』とのことだった。
その部屋は決して綺麗ではなかったが、サラにとってそんなことは些細なことだった。
「まずは掃除と消毒ね」
埃をかぶっている部屋を掃除し、発酵食品を作る準備をする。
一日で終わるような内容ではなかった。料理係としての仕事もある。
あの村に着いた当初のように、初めから味噌や醤油などの発酵調味料を作らなければならない。
忙しい。
忙しいのはありがたい。
色々と考える時間が無くなる。ハンナやオーランド王国に残してきたエリオット、アリスのことを考えなくてすむ。
幸いに、ここは港湾都市である。塩が豊富であるし、あの村では希少だった海産物での料理もできる。
サラは過去を忘れるように、ベラルギー王国での生活に前向きになろうとした。